伝説の武術家・国井善弥(くにいぜんや)さん。

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心技体と言いますが、
本物の武術家と言うのは、
力を超越した力を身に付けていると思う。

技と体を極められた格闘家や、
武道家は、たくさんいますが、
心までを極められた人は、
少ないのかもしれない。

これは、例えが悪いかもしれませんが、
空手家の大山倍達さんなどは、力技は、
最強だったかもしれませんが、力の領域を
超越出来ていなかったようなきもします。

合気道の植芝盛平さんや、
塩田剛三さんは、心の力。
宇宙や自然と調和した力を
使っていたと思う。

国井善弥さんも、そうだったのでしょう。
話だけを聞くと二人よりも、
強かったのではないか?と思えて来ます。

力を超えた力なので超能力とか、
その類に通ずるモノがあるような気がします。

小林正観さんは、超能力と人格の関係について、
話をされていたことがありますが本物の超能力は、
人格が向上すると使えるようになる。そこへ、
辿り着くまでに人格の試験が何度も来る。

人格が高まるほど試験内容も高度になる。
人格が未熟な間は、簡単な試験さえ来ない。

極真の真樹日佐夫さんも、
力止まりの人ではあったと思うのですが、
喧嘩に強くなるコツは、バーベルなどを
使った筋力トレーニングよりも、実践を
積み重ねる事だと言われていました。

しかし、国井善弥さんも、
異端児と呼ばれていたそうなので、
どうなのか?と思ったのですが、
本当の武術は、そうでは、ないと、
伝える熱が入り過ぎていた所があったようです。

確かに、いざ、実践に使えない武術は、
術でも何でもないし、演舞って、
踊りじゃないのですよね?

今の武道の業界でも使えない技が多すぎる。
少林寺などでも昔の少林寺と比べたら、
弱くなっていると聞きます。

勿論、技の危険性で封印されてしまった部分も
あるようですが、だからこそ、心の強さ、柔らかさ、
心技体の一番はじめに、心が使われているのだと思う。

国井善弥さんは、武道や武術が、
すたれて行く事を危惧しての意見や行動が、
異端児扱いされてしまった所だったのでしょう。

戦前の武道は、神道とも、
強い繋がりがあったそうです。

神人合一。自他一体。
相手の立場になり切れるからこそ、 
相手の心理や行動が読める。

自分より力の強い者の
力を利用して勝つ。 

力だけでは、
自分より力の強い者と、
出遭ったら、それまで。
剛の強さではなくて、柔の強さ。

人の意識は、奥深くでは、繋がっている。
本物の強さには、必ず優しさが伴っている。

自分の感情にまかせて、
狂うだけなら人格者では、ない。

国井善弥さんは、
鹿島神流の18代目継承者で、
幼少期から父より鹿島神流を
教え込まれたそうです。

その父親から19歳の頃、
外に出ることを命じられ、

佐々木正之進さんと言う、
新陰流の師匠の元で住込で、
教えを乞うことになる。

その師匠から最初に教わったことは、心眼。

人の心を見る眼。それによって、
人の考えが分かり、行動パターンが読める。

その頃、国井善弥さんは、まだ19歳。
連日連夜、無理難題を押し付けれれるので、
こんな道場は、逃げ出そうと思った。

しかし、師匠は、それも見抜いていた。

その後、技として最初の気づきを得たようです。

武術は、悟り。何かに気づいて体得する。

武士や戦場の戦士でも死を覚悟した瞬間に、
不思議なことが起きたと言う話を聞きます。

守護霊とか見えない存在に、
助けられたと言うことも、
あるのでしょうけど、
霊性が目覚めたとか、
そう言うこともあると思います。

武術。心技体の心とは、
結構、スピリチュアルに、
通ずると言いますか、
今のスピリチュアルよりも、
よっぽどスピリチュアルだったのではないか?
と言うような気もします。

体も動画で拝見した感じだと服の上からですが、
とても逞しそうですね。なんか分厚そうです。

合氣道の藤平光一(とうへいこういち)さんの本を読んでみました。

合気道と言えば、塩田剛三さん。植芝盛平さん。
お二人が有名ですが、藤平光一さんと言う方も有名だったのですね。

藤平光一さんは、植芝盛平さんの所で合気道を学び、
大学卒業後は、陸軍に入り中国へ派遣される。
帰国後は、中村天風さんの所で心や気について学んだそうです。
その事が功を奏したのか、合気道でも10段になられました。

心身統一合氣道会

プロ野球の王貞治さんや長嶋茂雄さんも、
藤平光一さんから、氣の使い方について
指導を受けた事があるそうです。

二人共、プロ野球の世界で、
気の使い方を活かす為であり、
本格的に合気道を学んだわけではない。

王貞治さんについては、改善すべき所が、色々あったようですが、
長嶋茂雄さんは、既に、非常に良い氣の使い方をされていたようで、
指導すべき事は、何もなかったと藤平光一さんは、言っていたそうです。
長島さんは、最初から自然体であった。

合気道の達人に、そう言わせたのだから、
長島茂雄さんも、さすがですね。

王貞治さんも、荒川博さんと言う、
その業界では、かなり凄いと呼ばれるコーチのもとで
指導を受けていたのですが、その荒川さんが、
藤平光一さんの道場に連れて行ったと言います。

氣は、すべての原点である。

だから、あらゆるスポーツにも応用する事が出来る。

私は、色んな武道がある中で、
極めたら合気道が最強なのではないか?と思っています。
(極められた人は、非常に少数かもしれませんが・・・。)

と言うのは、空手にしても、柔道にしても、
ボクシングにしても、他の格闘技にしても、
結構、体重差、身長差、筋肉量などが影響していると思うからです。

それに対して、本物の合気道は、気の力、宇宙と調和した力を使うからです。

怒りや憎しみで立ち向かって行く者は、
合気道の達人の前では、手も足も出ないと思います。

相手の力を利用して、相手を倒す。
だから、どれほど、自分より腕力が強い者が襲ってきても大丈夫なそうです。
何故なら、その力自慢の方の相手は、己自身の力。そこへ合気道の達人が、
ちょいと力を加えると倒れる。このような事が出来たのが、
合気道の開祖である、植芝盛平さんや塩田剛三さんであったそうです。

しかし、その後、彼等のような人物が現れたと言う話を聞かないので、
合気道を極めると言うのも、想像を絶するほど大変な事なのかもしれません。

また、合気道の流れは、大東流柔術と言うモノにあったと聞きます。
大東流柔術を分かりやすく体系化したものが合気道になるそうです。

今回は、藤平光一さんの「氣の呼吸法」
と言う本を読ませて頂きました。

氣の呼吸法 全身に酸素を送り治癒力を高める 幻冬舎文庫/藤平光一【著】

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合氣道とは、心と身体を、一つに合一すべきもの。

呼吸は、人間、誰もがしている。

呼吸を変えれば、人生を変える事が出来る。

色んな呼吸法がありますが、
何秒で吸って、何秒止めて、何秒で吐くとか、
お腹をふくらませたり、へこませたりと言った、
難しい事は、一切、必要がないと藤平さんは、言います。

息を吐き出せば、また、自然に入ってくる。
自然にまかせた呼吸をする。

自然にまかせた呼吸の方が長続きする。

この本では、その自然の呼吸法について書かれてあります。

その為に重要となるのが、
臍下丹田(広い意味での下腹部)になるそうです。

合気道の達人・植芝盛平(うえしばもりへい)さん。

私は、合気道の達人と言えば、
塩田剛三さんだと思っていましたが、
合気道の開祖と言われる、
植芝盛平(うえしばもりへい)と言う方の方が、
塩田剛三さんより、遥かに凄いと言う話を
合気道をやっている方から聞きました。

植芝盛平さんと塩田剛三さんは、
10歳ほど歳が離れていました。
植芝さんが70歳の頃、
塩田さんは60歳。
植芝さんは、塩田さんの師匠でもあったので、
塩田さんも植芝さんの指導を受けていたそうです。

植芝盛平さんが、どれほど、凄い人だったかは、
まず、塩田剛三さんの話からした方が、
分かりやすいと思います。

塩田剛三

塩田剛三さんは、
身長154cm、体重46kgと非常に小柄な体型で、
あんな小さな人が、あんなに強いとは、
信じられないと当時、ケネディ大統領の、
ボディーガードをやっていた身長190で、
体重は、100キロを超えると言う屈強な男が、
塩田剛三さんの力を試してみたら、
あっけなく屈強なボディーガードが、
塩田さんの力でねじ伏せられてしまったと言う話は有名です。

私も、塩田さんの演武の動画などを見た事があります。
あれは、ヤラセだと思われても仕方がないと思いますが、
色んな逸話が、あれは、ヤラセではなく真実であった事を物語っています。

そして、あの強さの秘訣は、何だ?と言う事になった時に、
自然と一体の為せる技と言う結論で、まとめられたりもしています。

塩田剛三さんの名言。
命令してはいけない。威張ってもいけない。
しかし、妥協しても、いけない。
調和すればいい。

殺気だって立ち向かう人は、
宇宙と調和している人には、
勝てないと思います。

そして、こんな逸話もあります。
塩田さんの弟子が、塩田さんに、
合気道で一番、強い技は、何ですか?と質問した。
そしたら、塩田さんは、こう答えた。
「それは、自分を殺しに来た相手と友達になる事だ」と。

だから、やっぱり、強さの秘訣と言うのは、
技もそうですが、心技体と言われるように、
心の器の広さ、強さが、塩田さんをあのような強さにまで
導いたのではないか?と私は、思います。

事実かどうかは、私は、知りませんが、
あの極真空手の大山倍達さんも、
塩田剛三さんには、一目置いていたそうです。

植芝盛平

それでは、本題の植芝盛平さんについてです。
植芝盛平さんは、合気道の開祖の人であります。

塩田さんが、身長154cmで小柄であったと言われていますが、
植芝さんも、身長156㎝と背丈は、低かったそうです。

植芝さんの逸話は、6人、同時に、
25メートルと言う至近距離から、
ピストルの弾を撃ってもらい、
一瞬にして、瞬間移動のような事をして、
ピストルを撃とうした人の後ろに立ち、
ピストルを取り上げたと言う話があります。
その光景を塩田剛三さんも、目の前で見ていたそうです。
塩田さんが、植芝先生に、どうやったのか?と聞いたら、
ピストルの弾も人の動きも、見えると言う事であったそうです。
ピストルの弾は、スローモーションのように見えたらしい。

しかし、人を撃とうと言う気持ちが、まったくなく、
ただ、ただ、当てようする人の弾なら当たるとも言っていたそうです。
だから、植芝先生は、人の心を読む達人でもあったと思います。

それだけに、自分の弟子達には、
「合気道をやる者は、遠くアメリカの心までわからねばならぬ」
と言われたそうです。

晩年、病弱になってからも、
弟子達を軽く投げ飛ばすぐらいの事は、出来たらしい。

植芝先生と言えば、ピストルの弾が当たらなかった事ばかりが、
有名になっていますが、雨にも当たらなかったらしい。
大雨で、演武の舞台が外にある時、先生が、演武を始めたら、
その舞台だけが晴れて、雨に当たらなかったそうです。

雨に濡れない話は、旅行作家の小林正観さんもそうでしたので、
私は、特に驚きませんが、それも、
普通で考えたら、あり得ない事でしょう。
だけど、普段から、宇宙と調和した生き方をしている人には、
そのような現象が日常的に起きるようです。

どの武術でもそうだと思うのですが、
相手は、人であります。だから、人の心がよく分からないと、
本当の意味での、強さは、得られないとも思います。

心技体。心が重要。今の武道は、それを忘れている人が多い気もする。
心技体の達人が、植芝盛平さんや塩田剛三さんであったのでしょう。
だから、今でも、お二人の逸話は、色んな所で語り継がれています。

お二人共、合気道の魅力について、
相手を被害者にも、
加害者にもしない事だと言っています。
しかし、それが出来るのは、お二人のような達人にならないと、
中々、難しい事でもあると思います。

少林寺拳法は、強い?弱い?

これについては、空手やらの武道の経験がある人の中では、
よく論争されることがあるようですが、私の個人的な意見は、
同じ武道でも、同じ段でも、強い人もいれば、弱い人もいるでしょう。

一概に強い、弱いは、論争するモノではないのかもしれない。
しかし、強くなりたい為に武道をやる人も多い。

こっちの方が強い。弱い。この論争は、
永遠になくならないのかもしれませんね。

私の学生時代にも、少林寺を習っている人がいました。
初段だったようですが、空手と比べたら、
あまり実践向きでないと言っていました。

少し調べると昔の少林寺拳法と今の少林寺拳法は、
全然、違うモノになっているようです。

だから、リアルでも、ネットでも、
少林寺は、弱いと言う派と、
少林寺は、強いと言う人で、
対立していることも多いそうです。

あの安岡力也さんも、
映画「少林寺拳法」に出演される前か、
出演された後のことかは、分かりませんが、
少林寺と言う武術にに魅了され、
5段だか8段かまで取られた話を聞いたことがあります。

Vシネマの強面俳優の小沢仁志さんが、
何かの雑誌のインタビューで中学の頃は、
悪が集まる学校で、先生の中にも悪い奴がいて、
その中に、少林寺拳法の達人の先生がいて、
超人的に強かったと言われていました。

だから、昔の少林寺は、確かに強かったのでしょう。

色んな流れの中で、中国の本物の少林寺の流れと、
そうではない偽物の少林寺の流れが増えたらしいです。

今、日本にある殆どの少林寺は、後者であるらしい。

確かに中国の少林拳の動きとか
動画などで見る限り、凄いですもんね。

人口が多い要素もあるでしょうけど、
中国には、色んな武術の達人がたくさんいそうです。

日本の少林寺について、
某掲示板には、こう言う情報が出ていました。

現代の少林寺は観光用に復興した拳法学校みたいなもん。

卍時代というか、初代の門下生は、 戦争経験あったり、徴兵経験あったり、 柔道有段者だったりと、元々つよい人達が、 習っていた訳で今とは違うでしょうね。

闘い方さえ知っていれば、 大人に勝てる小学生も少なくない。 少林寺拳法の技にもそう言った類が多く有りますよ。

指導員で高段者です。 昔の少林寺拳法は、異常に強かったです。これは事実です。 極新との抗争、、、極新狩り、、目打ちも金的もありますから、 たしかに強く、最強でしたあまりに強く、試合で死者まで出てしまい、 ここ何十年も試合がありません。大会、、競技演舞のみです。

少林寺拳法やってます。 開祖が亡くなってから少林寺拳法を始めた世代なのですが 伝え聞く開祖の技は、 掴まれるとその時点で体が浮き上がってるとか 投げられると普通は痛い技でも全然痛くなくて 真綿に包まれたようにふわっと投げられるとか そんな表現をよく聞きます。

中国武術や日本の古流の柔術や その他いろんな格闘技をまとめて 少林寺拳法を1から作り、それを 日本武道館が認める武道団体の一つにして 世界にまで組織をつくってしまう というのは普通にすごいでしょう。 強いとか弱いとかは今では分かりませんが そこら辺りの格闘技をやってる人とは 次元の違う人であった事は確かだと思われます。

他の神格化された武術家と比べると 実力はイマイチの感がありますが 経営者としては優れた人だと思います。

各種の武術を組み合わせ 「少林寺拳法」創作し、商標登録しました。 テレビなどに出演し、マスコミで宣伝し、 「少林寺拳法」の普及に努めました。 ただし、「少林寺拳法」の商標登録は後に 「不動禅少林寺拳法」と法廷で争い、負けました。 しかし、金銭で解決し「少林寺拳法」の名称は存続できました。

少林寺拳法三段です。私が好きな開祖のお言葉は、 「勝たなくても良い。だが、断じて負けるな」です。 少林寺拳法は勝利を追求しないが、負けは死につながるから 不敗は追求しなければならないと言われている思います。 しかし、開祖は敢えて言われなかったのかもしれませんが、 少林寺拳法にも勝たねばならぬ相手がいます。それは自分自身です。

本場少林寺の闇、もうかなりやばい組織へと変化していた https://t.co/pzs8R5zLQX @YouTubeより— 思考の治療院 (@3b48For6hcCrT4J) August 5, 2021

少林拳士・誰にも倒せないその理由! https://t.co/zS8yNA2oXW @YouTubeより— 思考の治療院 (@3b48For6hcCrT4J) August 5, 2021

昔の少林寺と今の少林寺は、違う。
今でも本物の少林寺も残っているのでしょうけど少数。

少林寺が弱いと言われている理由は、
弱い方の少林寺を少林寺と信じて、
やっている人が増えたからと言う要素があるように思います。

また、強さには、筋肉量が、
必要だと思う人も多いと思いますが、
筋肉量が関係ない所で勝てる強さを身に付けるのが、
本物の武術だと言われています。

少林寺ではないですが、元刑事の北芝健さんが、
ご自身の、お爺ちゃんから日本拳法か何かの武術を教え込まれ、
小学生ながら大人の不良を普通にぶっとばしていたと言う逸話があります。

大人になってからは、かなり筋肉も付けられたそうなので、
まったく無関係ではないでしょうけど、力だけの勝負ではないのが武術。
技で力を上回ることがある。これが武術の魅力だと思います。

合気道の開祖は、小柄。

少林寺の開祖は、大柄。

昔は、道場破りなども多かったそうなので、
本当に強くなければ、やっていけなかった。

今、この武道が弱いと言われるのは、
世の中が平和になった要素もあるでしょうね。

この手の話は、調べると滅茶苦茶に詳しく、
それぞれの歴史や専門的な内容を書かれている
ブログやサイトが沢山あるようです。

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