スピチューバー エミールさん。

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私も以前は、色んなスピチューバーさんの
動画を視聴していた時期もありますが、
ある程度、絞らないと時間ばかりが過ぎる、
と言う事情もあって、今は、定期的に、
視聴しているスピチューバーさんは、

エミールさんと、
コスモボーイさん。

このお二方になります。

お二の伝えられていることは、
違うかもしれませんが、結構、
参考になる話が多いです。
エミールさんの伝えていることの

解釈は、人それぞれでしょう。

私は、かなり分かっていない方かもしれません。。。

過去世の話

生まれ出る前に計画書を作る。
自分のクラウドに情報を入れる。

このクラウドには、色んな情報を
入れられるのですが、例えば、
自分と前世が同じ人が世の中には、
たくさんいたりもする。

前世の事は、前世で終わっている。

だから、前世に責任転嫁する事は、
あまり、しない方がいいようです。

計画書には、苦しい体験を敢えて入れていたする。
その計画を立てて生まれて来ている事も多い。

自分で決めて許可を得て生まれて来た。

これについては、そうだろうなと言う部分と、
では、カルマや因果応報などの話は、
どうなる?と思う所もありますが、

エミールさんは、カルマなど、ないと言います。
そもそも、善悪などが無い。確かに言われてみれば、
善悪は、肉体があるから感じている概念かもしれません。

私がエミールさんがいる段階の所にいないので、
今の所は、分かりませんが、カルマは、
本当にないの?と思う部分もあります。

散々、人様を苦しめた人も、
ただ、そう言う役だったに、
過ぎなかったのでしょうか?

私の個人的な見解ではありますが、

カルマや因果応報がなくても、
人間には、良心、記憶、感情、魂。

それらがあるので自分自身の罪悪感として、
何処かに残る所は、あるような気がします。

この世が自分一人の世界で、
自分の内面の反映だとしても、
罪悪感を感じていれば、
跳ね返りのような事は、
あるような気がします。

罪悪感を解消したいと思うからこそ、
計画書に何かを組み込んで生まれて来る事もある。
そのような気もするのですが、これも違うのかな?

親鸞さんの悪役などやりたくない役をやる人は、
レベルが高いみたいな事なのでしょうか?

善悪の概念や感情を抜きにして、
魂がそれを体験したかった。
それだけなのかもしれない。

私には、まだまだ分からない所です。

エミールさんは、何かをやっても、
罰されることは、ないと言います。

人生は、自作自演。
ハートの周波数が、
現実を映し出している。

これは、単純に私の人間観察から言っても、
いつも、不機嫌な人は、それに見合った現実。
いつも、上機嫌な人は、それに見合った現実。
そのような現実になっていることが多いです。

悪い事をして因果応報が起きている仕組みは、
本人が何処かで罪悪感を感じているが故に、
その周波数になって、それを体験している?

そう言う事なのでしょうか?

カルマは、ただの観念で、人生は、
自分で創って、自分で体験している、
ゲームのような世界なのでしょうか?

私は、この辺の事は、
分かっていないのですが、

恨みなどの想念。
それが生霊となって影響を
受ける事もあるような気がします。

チャネリングの話

宇宙からの情報を降ろして通訳している人も、
結構いるようですが、自分のフィルターを
通してのチャネリングになるので、まったく同じ情報を
受け取っていたとしても、翻訳の仕方は、
AさんとBさんでは、結構、違うと言う事もあるようです。

その人の持っている観念が強ければ、
その観念寄りの翻訳になっている。

自分のフィルターを通しての翻訳。
その事に本人も気づいていない。

良い事を言っている。
素晴らしい事を言っている。

なので、本人も周囲も気づかない。

肉体がある以上、宇宙からの情報を
完璧に翻訳出来る人は、いない。

だけど、かなりの部分まで翻訳出来る人は、いる。
しかし、エミールさんは、それが出来ている人は、
一部しか、いないと言われています。

その人の体を乗っ取って喋る。
これも、高次元の存在は、
そのような行為をしないそうです。

そのように見える事はあっても、
高次元の存在が喋っているのであれば、
人間である本人が、その高次元存在が、
何を喋っていたか。ちゃんと分かっている状態。

自分が何を喋っていたのか?どうなっていたのか?
それが分からない状態だと怪しい類の存在になるらしい。

エネルギーの話

この世界には、この宇宙には、
色んなエネルギーが飛び交っている。

人間も、エネルギー体。
現実を創るのもエネルギー。
エネルギーを注ぐから現象化する。

大嫌いなあの人に意識を向ける。
これもエネルギーを注いでいる。

ガソリンを入れて車が走る。
水を流して固めると氷になる。

エネルギーを流したから現実化する。

コスモボーイさんの話も、
分かりやすかったです。

https://t.co/6TvY4sAmwo— 毛??@スピリチュアルブロガー思考の治療院 (@3b48For6hcCrT4J) July 26, 2022

死後の世界

死ぬ前は、わりと至福の状態らしい。

地獄と言うのは、実は、存在していないらしい。

しかし、自分の周波数。自分が創り出している、
イリュージョンとして地獄のようなモノがある。

だから、生きている間も、死んでからも、
結局、自分の周波数次第と言うことかもしれません。

自殺は、どうなる?自殺しようとしている人は、
苦しい波動。ネガティブな波動、
そのような周波数なので、同じような周波数帯の存在が、
寄って来て憑依される事がある。結果、自殺する。
そのような仕組みであるそうです。

だから、憑依されなければ、
自殺しようと思っていても結果しない。

結果、自殺してしまったら、
低い周波数帯なので、死後、しばらくは、
そのような世界を自分で創り出している。
だけど、やがて気づいて次の段階へ進むそうです。

苦しみの周波数で、
苦しみの現実を映し出し体験し、
楽しみの周波数で、
楽しみの現実を映し出し体験する。

天国も地獄も生前も生後も、
自分の周波数で創り出した世界を
体験しているだけなのかもしれない。

人生は、深い部分では、
自作自演の自業自得?

と言うことは、何が起きても、
誰のせいでも、ない。

カルマ抜き。カルマの精算。

スピリチュアルな話では、 
カルマなどないとか、
ネガティブを体験したくて、
その周波数を背負って、
生まれて来たと言う話もあります。

それも、一理はあると思いますが、
私は、どちらかと言うと、
カルマの話の方が正しいのではないか?
と思っています。

しかし、ネガティブな周波数を
背負って生まれて来た。
それも間違いでは、ないと思います。

例えば、100キロの重さを
背負って来た。その重さをカルマと
捉えるなら似てるかもしれません。

カルマの話と違うのは、
ネガティブが分からないから、
ネガティブを体験したくてと言う話。

カルマは、因果応報。
善因善果。悪因悪果。

生まれ変わり死に変わりの中で、
たくさんの業を積んで来ている。

例えば、戦時中や戦国時代の
過去生なら争いや戦いが日常。

今の時代でも、オレオレ詐欺やら、
その他の詐欺やらボッタクリやら、
闇金やら人を苦しめる職業がある。

生まれた時から親が、
ヤクザだった人もいる。

自分も覚えてないだけで、
過去世においては、
それに近い仕事を
やっていた事もあるかもしれない。

人の振り見て我が振り、
直せと言いますが、
我がカルマに気づけ、
でもあると思います。

人には、それぞれのシナリオ、
ストーリがーある。

悪人も、その道を通らないと、
体験出来なかった事や学べなかった事などもある訳で、
今は、その人にとって必要だから、
その道を歩んでいるとも言える。

普通に生きている人には、分からない、
気づきや学びや出会いもあると思う。

何故か昔から、貧困とか毒親とか、
障がい者とか、悪人の世界の人の方が、
理解が深い人がいたりもするものです。

話を戻しますが私自身も生まれて間もなくして、
地獄絵図のような環境。今思えば、
家を見ただけで結構なカルマを
背負って来たと分かる家だった気がします。

毒爺も毒親も私のカルマ抜き。
幼少期から壮絶でした。

許せない気持ちもありましたが、
私のカルマ抜きの為の悪役なら、
私が分かっていなかった。

カルマとは、人に与えた、
苦しみや悲しみの総量だと思う。

過去世において私が精神異常者で、
迷惑をかけていた事もあるかもしれない。

今世でも、
知らず知らずの間に、
カルマを積んでいるかもしれず、
だからこそ、人知れずにやる、
陰徳なども大事。

例えるなら、
目に見えないトラックに、
徳も業も積んでいる。

メチャクチャに運が良い人は、
恐らくは、徳が多い。
前世から持って来た徳分の
こともあるのでしょう。

人を苦しめたり悲しませた精算は、
それなりに大変な苦痛を伴うと思う。

そうでもしないとカルマが抜けない。

今、スピリチュアル業界で、
一部の人がやっている統合ワークで、
外れると言うのは、どうかな?とは、
思っていますが、私は、統合ワークを
やったことがないので、あくまでも、
私の先入観です。でも、すべて自分。

自分が映し出しているかどうかは、
別として、何かあった時に、
あの人が、この人がと、
相手のせいにしない。

そこは、共感します。

また、カルマの精算だったかは、
分かりませんが、不幸のあとの、
幸福と言うのも事実だと思います。
不幸の総量と幸福の総量が同じ。

南風さんの、この動画も参考になりました。
ネガティブ現象は、ジャンプアップ。

何でも噛んでもカルマと言う訳ではなく、
エネルギーや波動の結果としての事もあるでしょう。

青森の神様と呼ばれた木村藤子さんの「魂のシナリオどおりに生きていますか?」を読んでみました。

木村藤子さんは、
テレビ出演などもされていたので、
知っている方も多いと思います。
スピリチュアルな世界では、
テレビ出演されている霊能者の方は、
たいしたことがないと言われることも多いですが、
そんな中でも、この方は、本物だと言う声も多かったです。

それを証明する一つの有名な出来事は、
飯島愛さんとの、やり取りですね。

番組中に飯島愛さんに、
木村藤子さんは、こう言いました。

「あなたは、今、芸能界を去ると必ず後悔する」

続けて、その後、
飯島愛さんの耳元で何かを囁きました。

それを聞いた飯島さんは、
何で分かるの?と驚いていました。

厳しいことを言う人としても、
有名らしいのですが、その理由も、
この本を読めば分かると思います。

しかし、それ故の誹謗中傷も多く、
大変な事も多かったようです。

私は、木村藤子さんに、
実際にお会いしたこともないし、
霊視をしてもらったこともないので、
あくまで、個人的な先入観になりますが、
表立って活動している有名霊能者の中では、
かなり信頼できる人と言う気がしています。

家系のカルマ

近年、スピリチュアルな世界で、
有名な人の多くは、カルマについて、
触れなくなった人もいますし、
カルマなど存在しないと伝えている人もいますが、

この本の内容は、結構、
カルマに関する内容になっていると思います。

魂のシナリオどおりに生きていますか? /学研パブリッシング/木村藤子 (単行本) 中古

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VALUE BOOKS

カルマとは、業。
良いことも悪いことも含まれる。

カルマは、過去世から引き継がれている。
それによって決められている部分が運命。

逃れられない定めもあります。

災い転じて福と為すと言う諺がありますが、
悪いカルマを解消し克服し、
良いカルマを積んで活かして行く。

死後、生前のカルマは、清算されるのですが、
そのカルマによって、次の人生のシナリオが作られる。

そのシナリオは、色んな存在達の協力の元に、
次の転生は、どんなモノにするかを、
自分自身の魂で書いて生まれて来る。

人生は、前世からの続きで、
カルマに応じた転生後のシナリオが、
用意されると言うことになるようです。

困難な状況こそが、
カルマの清算と言うこともある。

何故、その親、その家族、その先祖、
その家系の元へ生まれて来たかと言えば、
共通のカルマがある。
その中で克服すべき課題がある。

私も何となく思っていた通り、
家系のよくないカルマは、
同じ事を繰り返して、
連鎖しやすい傾向がある。

私の家系で言えば、
重度精神病のカルマと言うか、
毒親暴力家庭のカルマが、
連鎖していたように思います。

だからこそ、家系からの連鎖。
家庭内で同じ事を繰り返さない事が大事。

私の家庭の事で言えば、
暴力と怒鳴り声と悪口や文句。過干渉など。

これをキッパリ辞めるだけでも、
家庭内の連鎖は、
かなり断ち切れるのですよね。

毒親家庭なら大概、
似ている部分もあって、
同じ事が当てはまると思います。

親や先祖が直せなかった癖を
自分が直して行くお役目がある。

そうは言っても、木村藤子さんも、
色んな人の相談を受ける中で、
子供の問題は、親に問題が多い事が、
よくあると感じたそうです。

人間関係のカルマ

友人関係、恋人関係、会社関係、
あらゆる人間関係の出来事も、
カルマの貸し借りの清算の事がある。

しかし、必ずしもカルマで、
そうなっているわけでは、ない。

心が創り出していることもあるし、
魂の課題や成長の為と言うこともある。

人のせい。カルマのせい。シナリオのせい。
そうではなくて、自分の心に問題がある事も多い。

カルマなど存在しない?

木村藤子さんの話ではないですが、
スピリチュアルメッセンジャーの中には、
カルマなど存在しない。
思考の思い込みだと伝えている人もいます。

私には、どちらか分かりませんし、
どちらも正しいのかもしれないです。

カルマがあると考えると
苦しくて仕方がなくなると言う場合には、
カルマなど存在しない。思い込みだと
思っていた方が、いくらか、
気も楽になると思います。

私宅監置(したくかんち)と言う制度。

昔から、重度の精神病と思われる人は、いたそうです。
江戸時代などは、それは、狐や狸などの
憑依だと思われていた部分もあったそうです。
(私は、それは、あながち間違いではないと思います。)

1900年ぐらいには、届出を出せば、精神病者と思える人を
家の物置などに軟禁のような形にしてもいいと言う事が、
法律的に認められたそうです。

その当時は、精神病院や精神科医も少なく、
医療も今ほど発達していなかったから、
仕方がなかった事とも言われています。

1950年に法律改正され、私宅監置は、禁止になったそうです。
なので、今、これをやっていると違法であると言う事です。

だけど、私も、過去には、家庭内で重度の精神病と思える者と
一緒に過ごしていた時期がありますので、
私個人としては、正式な精神鑑定を行っているのであれば、
このような制度は、むしろ賛成でもあります。

と言うのも、重度の精神病者と思える人が、
私の身内には、何人かいました。
だけど、精神病院に行く事さえしていませんでした。

恐らく、わりと近い先祖に私宅監置されていた人が、
いたと思いますし、私の身内の何人かは、
本来であれば、閉鎖病棟に
入院させるのが妥当の状態であったと思います。

しかしながら、家族の無知と無関心により、
ごく普通に家の中にいると言う状態でした。

だけど、重度の精神病者と思える者が家の中にいれば、
家庭内は、ゴタゴタの大騒動になります。

家の中で問題を起し、外でも問題を起します。
だけど、逮捕までには、至りませんでした。

運命的に、何故か、他の人なら逮捕されたり、
精神病院に強制入院されるような時でも、
そのまま無罪放免となっていたように思います。

今の世の中でも、サイコパスや自己愛性人格障害だと
騒がれたりしている部分もありますが、
本当に周囲にとって迷惑でしかないのなら、
私宅監置のような対策も必要かもしれません。

異常者は、精神病院に預ければいいと思うかもしれませんが、
まず、精神病院に入院させるまでが大変な事であります。

症状が重いほど、精神病院に連れて行く事さえ難儀な事であります。

押川剛さんの「なんで隠すの?」を読んでみました。

私の家族のように、無知だと、精神病や精神病院と言う発想が、
全然なかったりします。当時は、私を含め、目の前の事に精一杯で、
家族一同、そこまで頭が回らなかったのですね。

家が貧乏だったので、病院=お金がかかる=医療費が払えない、
と言う先入観もありました。だけど、あれだけの重症あれば、
国が大部分で金銭的な面倒もみてくれる状態だったらしいですね。

精神病院に連れ行っていれば、即入院となっていた状態だと思いますが、
ずーっと家で一緒に過ごしていました。周りは心身共にズタボロの状態で、
その人物が一家に災いをもたらしたような感じで、私宅監置と言う事が、
行われていたら、どれだけ家族が幸せだっただろうかと思います。

他の記事にも書いたと思いますが、
私の男系の親族は、何人かに一人、
かなり、症状が重度と思える精神病者がいたと思います。
下手をしたら、私の父親やお爺さんも、
そうであったかもしれません。
(父親は、それでも、だいぶ軽い方の症状だったと思います。)

病院に行っていれば、間違いなく精神障害の認定は、受けたでしょう。
私の予想では、何人かは即、閉鎖病棟に行くような状態だったと思います。

私も、その因子だか、遺伝子は、
多少なりとも、受け継いでいると思うので、
これが、カルマなのかもしれませんね。

無の精神療法の著者である
稲福薫さんの話では、苦玉関係と言う言葉で、
説明されていますが、お爺ちゃんやお父さんは、
自らの苦玉を子供に押し付ける事で、
自分の苦玉を軽減してきたとも言えます。
苦玉を押し付けられた子供は、弟など、
自分より下の立場の者に流したりします。
だから、苦玉を流せない最後の者は、
一番、苦しいし、一番おかしくなるとも言えます。

イジメなどの問題も、
このような苦玉関係で説明が付くそうです。

重度の精神病者と関わった事がない人は、
道徳的な事で、私宅監置なんてと、
思ったかもしれませんが、家族の安全、
周囲の安全と言う意味においては、
必要な事であったと思います。

時が経ち、私も色んな精神障がい者の方と会いましたが、
私の身内と比べたら、閉鎖病棟から退院して来た人達も、
ごくごく、普通の人達と言う印象を受けました。
(深く関わっていなかったから、そう感じただけかもしれませんが・・)

カルマの話。

人には、カルマがある。
カルマがあるから、
人間とも言える。

カルマが、ないと言う話も、
ありますが、厳密に言うと、
カルマの影響を、もう受けない、
と言う状態であるらしい。

残念ながら、多くの人に、
カルマは、ある。

カルマがあるから、
諸々の事を体験している、
とも言える。

毒親や親ガチャと言う言葉も、
よく聞くようになりましたが、

毒親の元へ生まれるカルマを
背負って来たとも言えます。

毒親家系も連鎖。

不幸に思える事件も、
その連鎖を終わらせる為に、
起きている事もあるかもしれない。

毒親のもとに生まれた人の使命(TOXIC PARENTS). https://t.co/v14a08syKX @YouTubeより— 思考の治療院666 (@3b48For6hcCrT4J) May 6, 2022

自分が、やった事が、
自分に返る。因果応報。

その人の持つカルマ故に、
起きている事だったりします。

生まれながらに持ったカルマ。

背負ったカルマを知る方法 – 青森の神様 木村藤子の公式ブログ 日々の 暮らしから得る気づき https://t.co/sWaK6Pw2E0— 思考の治療院666 (@3b48For6hcCrT4J) May 5, 2022

カルマは自分自身でしか解消できない https://t.co/ngd9kxeVgB— 思考の治療院666 (@3b48For6hcCrT4J) May 5, 2022

『shandraniさんの記事。続き。』
https://t.co/R6y0zYORgR #アメブロ @ameba_officialより— 思考の治療院666 (@3b48For6hcCrT4J) April 17, 2022

丸い玉を転がして加速するように、
カルマも、ダルマも、転がっている。

カルマが多い人、カルマが多い家系は、
自然と、そちら寄りに転がって行き、

ダルマが多い人、ダルマが多い家系は、
自然と、そちら寄りに転がって行く。

カルマを撒く人は、撒き続け、
ダルマを撒く人は、撒き続ける。

どちらにしても、気づきの合図は、ある。

気付く人、気づかない人は、いる。

気付かずに、ず~っと続ける人も、いる。

何でも噛んでもカルマにする必要は、
ないですが、カルマを撒き続けている事に、

気付かない事。知らず知らずの間に、
撒いている事は、あるでしょうね。

親が子供を病気にさせている事もある。

モラハラ加害者は、性格が強く、段々と厚かましくなり、相手への要求のレ ベルが上がります。

相手を自分の手足のように思っていて、自分の思う通りに動かないと怒ります。

モラハラ被害者は、 相手に罵られて気が滅入り、相手のどうしようもなさに途方に暮れ、絶望し、病気になります。— トラウマケア専門『こころの え』相談室 (@e98SnMZJchhlqjt) May 8, 2022

小林正観さんの名言。

過去に投げかけたモノが今、返り、

今、投げかけたモノが未来に返って来る。

返って来る時は、倍返し。

これは、今世だけのことでは、
ないのかもしれ ないですね。

前世や来世のことも含んでいる
かもしれない。カルマと言われるモノも
そうですね。一人の間で自己完結。 — 思考の治療院666 (@3b48For6hcCrT4J) May 6, 2022

このような因果関係、因果応報もあったりする。

現世でカルマを解消し終わらせる為に

自分で相手と話し合い、宇宙 と話し合い

契約を交わして今ここにいる

理不尽なことをされた時は過去世で

先に自分が相手を傷つけてる

それでもカルマを消滅させる方法は

今の自分で

相手の弱さや

真逆ゆえに批判否定した価値観を

理解し終わらせる— ANRI (@anrimessage) May 7, 2022

すべては、自分が撒いた種がある。

撒いた種は、自分で刈り取らなければ、ならない。

今世、色々と大変だと言う人は、
前世で、極悪人だったのかもしれない。

しかし、輪廻転生の観点から言えば、
今世では、まだ無理だから、敢えて、

来世や来々世に先延ばししているかもしれず、
今世で、大変な人は、運が良いかもしれない。

阿頼耶識に収まっている業(カルマ)がある。

阿頼耶識と言うのは、心の蔵。

ここに収まっている業に時効は、ない。

千年、二千年前の種が眠っているかもしれず、
その種が芽を出すことがある。刈り取る為に、
芽が出たのが不運な出来事だったりもする。

この時に気づいて、感謝できたら浄化かもしれない。

勿論、中々、そんな風に思えないのが人間。

余談ですが、三重県や兵庫県の人は、
腹が立ったり、怒ったりすると、
「めっちゃ、ごう、沸いて来た!」
と言ったりしますが、この、「ごう」とは、

「業」の事かも知れず、
「種」が芽を出した結果、

と言えるかもしれませんね。

もっとも、「ごう沸いた!」と、
怒っている人は、そんな事には、
気づいていないと思いますけど。

種がなければ、芽が出ない。

どのような出来事も、
自分の撒いた種がある。

業が因となり、報となる。

仏教的には、心で撒いた業が、
一番多いと捉えられているそうです。

心の種蒔きが一番、多い。

心の中の業が、
現実と言う鏡に、
映し出されている。

現実的には、心の中が一番見えない。

それを心の外に映し出している。

肉体がなくなれば、丸見えの世界。

肉体があるから、隠れているように見える。

勿論、心の中だけでなく、
体を使ってやった事、
口を使ってやった事も業になる。

この世で悪事を働いて捕まれば、
刑務所に入りますが、それで、
カルマを解消出来たとは、言えない。

撒いた種が自分の身に降り注いだ時。
撒いた種に自分で気づいた時が解消。

因果と言いますが、因が変われば、結果が変わる。
因縁と言いますが、縁が変われば、結果が変わる。

因果が縁によって起きる事もある。

花咲爺さんのように、
因や縁によって、
結果と言う花を咲かせる。

その花の種は、自分で撒いている。

お釈迦様は、こう言われたそうです。
何者の業も、必ず自分に戻る。

どんな事も、どこへ逃げても、
自分がやった事は、
目に見えない業力となって、
すべて自分に戻る。

この業力は、肉体が滅びても終わりでは、ない。
自分の業力は、自分が相続している。

この業力は、死後の世界に現れる事もあれば、
来世で、肉体を持った時に現れる事もある。

地獄とは、自分の業力が生み出した世界。

だからこそ、良い種を
播きなさいと言う教え。
それが、仏教であるそうです。

善因善果。悪因悪果。

善の種を撒けば、善の結果。
善の種を撒いて、悪の結果が出ることは、ない。

悪の種を撒けば、悪の結果。
悪の種を撒いて、善の結果が出ることも、ない。

撒いた種は、良くも悪くも、
必ず、自分で撒いている。

今世の事にしても、
前世の事にしても、
自分で覚えていないだけで、
自分で撒いた種がある。

種があるから、自分で、
その結果を受け取っている。

ひまわりの種を撒いて、
あさがおが出ることは、ない。

柿の種を撒いて、
桜の花が咲くことは、ない。

大根の種を撒いて、
きゅうりが出て来ることも、ない。

必ず、自分が撒いた種が出て来ている。

撒いた種を見れば、
出て来るモノが分かる。

出て来たモノを見れば、
撒いた種が分かる。

なのに、私達は、
出て来たモノを見ながら、
撒いた種に気付かない事も多い。

因果応報。自業自得。

元々は、誰もに分かりやすいように
このような言葉で伝えられたと思う。

自分が撒いた種は、
自分が体験する。

自分が撒いていない種は、
自分が体験することは、ない。

カルマとダルマ

カルマを多く持って、
生まれて来た人もいれば、

ダルマを多く持って、
生まれて来た人もいる。

だから、今世だけで、
人と比べることに意味が、ない。

しかし、人を見て、
自分のカルマに、
気づくこともある。

自分の持って生まれた、
カルマに気づきなさい、
気づきなさい、と言う、
合図で見せていることも、
あるような気がします。

私達は、そこで気づかず、
通り過ぎている事も多いと思う。

あの人の人生は、
トントン拍子に行って、
羨ましいなあと思うことも、
あるかもしれませんが、

それは、ダルマの人、
なのかもしれません。

借金と貯蓄に例えると、
分かりやすいですが、

借金がある人は、
それが背負って来た錘であり、
まずは、借金を返す事。

だけど、借金がある人は、
また、借金を増やしやすく、

貯蓄がある人は、
また、貯蓄が増えやすい。

カルマは、今世で、
返し切れなかった分は、
来世に持ち越しになる。

まずは、気づくこと。

カルマが少なくなると、
自然と運も良くなる。

(プラスのカルマと、
マイナスのカルマ、
と言う表現をされることも、
ありますが、ここでは、
プラスのカルマのことを
ダルマと表記しています。)

小林正観さんは、

幼少期に厳しくされた子供は、
厳しくされた分だけ、その子供は、
攻撃性を持つようになると言われました。
幼少期に厳しくされた人ほど、
外に対して物凄い攻撃性を持つ。

私の身内は、
自己愛性パーソナリティ障害が多かったので
この話は、その通りだなぁと思いました。

三つ子の魂百まで。

三つにもならない子供に
キツく当たったり怒鳴りつけたりすると
やがて、とんでもない事になる傾向があるようです。

三つ子の魂百までは、
本人もそうですが、

育ての親のカルマも、
凄い事になっているのかもしれません。

自己愛性パーソナリティ障害になった人は、
家族以外の人達にも迷惑をかける傾向があります。

親が原因で、子供がその症状になったのであれば、
親の責任重大。連載的に色んな人達に迷惑をかけた、
そのカルマが積もり積もるかもしれない。

そして、勿論、三歳を過ぎたなら、
過剰に厳しく育ててもいい、
と言う話でもないです。

私達は、今世だけでも、
知らず知らずの間に、
カルマを積んでいる事は、
多いのかもしれません。

人の振り見て我が振り直せ。

問題のある人。問題が多いと思える人は、
それを見せてくれているのかもしれません。

魂ルート

魂ルートは、大阪駅から東京駅までの
各駅停車のバスや電車のようなモノで、
私を決まったルートへ運んでいる。

この列車が導く先は、
楽しい事ばかりでは、ない。

辛い事、苦しい事、大変な事、
それらの駅にも予定通りに導く。

私達は、頭で、ああじゃない、
こうじゃない、こんなはずでは、
と思ったりしますが、タマシイは、
肉体のタクシー。

恐らく、魂ルートから、
外れることは、ない。

魂にタマタマは、ない。

すべては、予定通り、計画通り。

相手がいる事であれば、
お互いの魂同士で、
生前に打ち合わせ済み。
それが因縁や因果関係かもしれません。

因果なら因果解消するまで終わらない。
今世だけで終わらない可能性もある。

出来ることなら今世で解消したい所ですが、
カルマがあるから、それを体験しているとも言える。

カルマメイト。

カロリーメイトと言うお菓子のような
食べ物がありますが(栄養満点らしいですね)
カルマメイトと言う人間関係があります。

カルマメイトは、嫌な役目をしたり
されたりと言う関係にあるようです。

カルマ解消の為に起きている事なので、
それは、ある意味、当然の事とも言えます。

私達は、今世だけでなく、色んな
過去世を持って生まれて来ています。

私達、人間は、過去世の事など
殆ど忘れていますが、
魂は、色んな事を覚えているようです。

カルマゼロで生まれて来る人など殆ど存在せず、
大概の人は、大なり小なりのカルマを
背負って生まれて来ているようです。

とは言っても、最近の若い人は、
カルマゼロに近い状態で生まれて来ている人も
結構、存在しているらしいです。

逆に言えば、昭和生まれや
平成前期までの人であれば、
それなりに大きなカルマを
持って生まれてきてる人も多い。

そのカルマを昇華する為の相手が
カルマメイトと呼ばれる人達です。

この関係を因縁と呼んだりもします。

過去世で自分がした事と同じ事をされる。
あるいは、違う事をされる。
どちらにしても苦しい体験です。

苦しく辛い体験ですが、
過去世で自分がした事を
逆の立場で体験しています。

魂レベルでは、生まれ出る前に、
それを体験する事を自らの意思で
志願して来た事もあるようです。

親子関係。
夫婦関係。
兄弟姉妹関係。
親戚関係。

離れる事が難しい関係ほど、
カルマも深いと言う事が、
よくあるようです。

カルマを昇華する為の相手なので
あり得ないほどの嫌な事を
やったり言ったりします。

仮に、この世で殺されたとしても
肉体を卒業なのですから、
宇宙視点で見れば、おめでとうございます
と言う事でもあると思うのですが、
人間的視点で見れば、
とてもそんな風には思えません。

だけども、魂同士では承諾済みのこと
だったりもするようです。

残された者は、許せないとか、
恨み悔やみ悲しみなど色んな感情が出ると思います。
人間ですから、それも当然のことです。

恨む者と恨まれる者。
憎む者と憎まれる者。
騙す者と騙される者。
殴る者と殴られる者。
殺す者と殺される者。
裏切る者と裏切られる者。
悪口や暴言を言う者と聞かされる者。

難易度が高い嫌な出来事ほど
大きなカルマの昇華だったりもするようです。

個人のカルマもあれば、
家系のカルマもあります。

そのカルマを断ち切り終わらせる為には、
深い気づきが必要だったりします。

縁起の法則と言われるモノもあります。
これは、良い意味で使われる事の方が多いと思いますが
殴り殴られも、殺す殺されも縁起の中で起きている。
そのようなご縁がなければ、そうならない。

だけども、カルマメイトだからと言って
必ずしも、それに立ち向かわなければ、
ならないわけでもない。必ずしも、
それに耐えなければ、ならないわけでも、ない。

その相手から、離れたり、
逃げたりしては、
いけないわけでは、ない。

現実問題、身内であっても、
もう、離れた方がいい相手もいる事でしょう。

その関係を卒業する時期が来たら、
自分の中の深い部分では、何らかの
合図が来ている事があるものです。

その合図に気づかない人も多いようですが。。。

また、嫌な事をする相手、
すべてがカルマメイトではないと思いますが、
簡単には、離れられない関係ほど
カルマメイトである可能性は、高いようです。

高いですが、自分一人では、
昇華できないから相手がいる。
その相手も本来は、感謝すべき相手です。
(これは、難易度が高いと思います。)

喧嘩の真っ最中に相手に感謝できたら
完全なる悟り人です。なので、それは、
時が経ってから、気づければ、
良いことだと思います。

今、真っ最中の人も、必ずしも、
耐えなければ、ならないわけでは、ない。
逃げては、いけないわけでも、ない。

離れても逃げてもいいのですが、
その体験を通して自分自身が
何かに気づかなければ、
状況や人が変わるだけで、
しばらく経ったら、
また似たり寄ったりの人と出会って、
また似たり寄ったりの事を繰り返します。

そのカルマを昇華していなければ、
そのカルマを持って歩いているようなモノで、
それは、ある意味、必然的な事だと言えます。

過去世ではなく、今世の因果応報で、
そうなっている事もあると思いますが、
来世に持ち越さず、今世で返って来ているのは、
ある意味、幸せな事だと思います。

聖書の中に、
奪う者は、奪われる。
許す者は、許される。
与える者は、与えられる。
と言う一文があるようですが、
これは、今世の事でもあり、
過去世の事を含めての事でもあるのですね。

何が原因で起きているのか?
分からない事も多いと思います。
そんな時は、ホ・オポノポノがお薦めです。
(勿論、他の方法でも構いません。)

許せない相手を許せた時に消滅するカルマもある。

冨士金弥生さんは、
歌うように、踊るように、唱えるように、
ホ・オポノポノの「ごめんなさい」を
繰り返し言う事でクリアリング
出来るモノは、多いと言います。

現実は、結果の世界ですから、
現実を何とかしようとすればするほど、
ズレが生じる事もあるでしょう。

色んな事は、意識が、記憶が、現実と言う名の
スクリーンに投影しているだけのようです。

原因の世界は、目には、見えない世界に在ります。

現実が動き出す前に見えない世界の
エネルギーが動いています。

近年のサイキッカーな人達は、
それすらも見える人が結構いるようです。

時には、そのような人を
頼るのも一つの手では、あると思います。

まさか?嘘?本当?世の中のほとんどの人は、地獄に墜ちる?

あくまでも、一説の話です。

細木数子さんの名台詞。
地獄へ墜ちるわよ!ぐらいに、
軽く読み流して頂けたらと思います。

世の中の多くの人は、地獄のような場所から来て、
カルマ解消の為に生まれて人間をやっているのですが、
カルマ解消どころか、カルマの上積みをして、
また地獄へと戻って行くと言う話があります。

カルマの上積みをしてしまう理由も、
カルマがあるからこそ、そのカルマが邪魔をして、
中々、カルマ解消の道に進めない。

だから、カルマが膨れ上がってしまう事も、
仕方がない部分はあるのですが、
これだと永久に悪循環でもあります。

逆に、カルマが良い人は、
一時、悪い道へ進んだかに見えても、
その後、カルマ解消の道へ転じやすい。

良い方へ転ぶか、悪い方へ転ぶか、
それも、元々、持って生まれた、
カルマの為せる業かもしれません。

プラスのカルマとマイナスのカルマ。
プラスのカルマは、天や宇宙への貯金や貯徳。
マイナスのカルマは、借金のようなモノ。

プラスのカルマを積んで行くことで、
災い転じて福と為すようなことが起きる。

船井幸雄さんは、この世は、
カルマを刈り取る為の
刈る間だと言いました。

やっぱり普通に生きているだけでは、
中々、カルマは、刈り取れないのかもしれない。

最近は、死後の世界に興味を持つ人も増えていますが、
地獄など存在しないと言う話も多くあります。
(それが真実か偽かは、私には、分かりません。)

その一方で昔から言い伝えられている、
地獄や極楽が存在すると言う話もあります。

死後の世界の世界観が、
二極化している感じでしょうか?

しかし、例えば、幽霊などの話も、
この世の一部に存在している霊の世界と、
本当の死後の世界に存在している霊の世界があると聞きます。

肉体をなくした後、私達は、
エネルギー体として存在するようですが、
私自身、何となく生まれ出る前に、
低いエネルギー状態の中で、
ずっと漂っていたと言うか、
留まっていたような気がしています。

それは、地獄と言うよりは、
同じエネルギー状態で、身動きさえ出来ずに、
ずっと、長い間、そこに留まっていたような感じです。

それは、私の勘違いや、
気のせいと言う事もあると思いますが、
実際、私は、そのような家庭の元へと生まれました。

それは、私のエネルギーと
家系や親のエネルギーが、
引き合ったと言うことでもあるようです。

生まれて間もない言葉も喋れない時期から、
父親から容赦なく怒鳴りつけられるなど。

それが、人生のスタートで幼少期から、
数々の地獄のようなことがありました。

だから、肉体を持っての無間地獄を
繰り返している状態だったのかもしれない。

近年のスピリチュアルな世界で言われている、

死後は、光りの元へ還るだけ。
素晴らしい世界しか存在しない。

と言う話も、一つの真実では、あるのでしょうけど、
私の体験を踏まえても、そうではない世界も、
幾つか存在しているような気がします。

だけど、死後の世界は、
ポジティブしか存在しないと言う話も、
私は、その世界も面白そうだし、
その類の話も好きです。

本当にそうだったら、それはそれで、
素晴らしいことだと思います。

しかし、もしも、そうでなかったら。。。

と言うこともあるので、
やっぱり、両方知っておいた方が、
いいのかもしれないと思う。

仮に死後の世界がポジティブしか存在しなくても、
また肉体を持って生まれる時には、やっぱり、
前世のカルマなどは、影響していると私は、思います。

死後、地獄で苦しむか。
死後、転生して人間として苦しむか。

いずれにしても、どんな形であれ、
自分の撒いた種は、刈り取らなければ、
ならない時が来ると思います。

他にも人生は、役者のようなモノで、
それぞれの人が、その人生の中で、
その役を演じ切って、
死んで行くだけだと言う話もあります。

あの世には、善悪の概念が、
存在しないと言う話もありますが、
この世には、善悪と言う概念が存在しています。

この世は、仮想現実。仮の世で、
ゲームの中の世界とも言われています。

覚者のような人は、
私達は、そもそも生まれてもいないし、
死ぬこともないと言います。

そうした側面もあるのでしょうけど、
肉体視点で見れば、この世を去る時に善も悪も、
すべてが、リセットされてチャラになる
と言うようなことは、ほとんどの場合は、
ないような気がします。

そして、この世にも、あの世にも、
万人に共通の真実もあれば、
人それぞれの真実もあると思います。

しかし、私が、ふと思ったのは、
ほぼ、誰もが、一時的に行く世界。

そこへ行った後に、地獄や極楽と言う、
それぞれの段階の世界へと
分かれて行くのかもしれないと思いました。

あるいは、死後、一切苦しむことがなくても、
次の転生で大いに苦しむということがある。

自殺者について

自殺者や事故に遭った人は、
肉体の死を受け入れられずに、
この世に留まっている事があると言われています。

また、この世への未練や執着が強い人も、
幽霊となって、この世に留まる事がある。

だから、そのような人達にこそ、
残された者達が、あの世へ還れるように導く、
お役目があるのかもしれません。

しかし、非二元(ノンデュアリティ)で有名な
大和田菜穂さんは、自殺者について、
こう言われていました。

自殺は、今から逃れたいエネルギー。
それは、次へと向かうエネルギーでもある。

生死を越えた視点から見えれば、
誰も生まれていないし死んでいない。

この世の視点で見るほど、
深刻な問題ではないと言われています。

その視点で見れば、
自殺さえも起きていない。

すべてのことに良いも悪いもなく、
すべてのことが完璧な流れの中で起きている。

すべては、同時に起きているし、
すべては、同時に起きていない。

近年のスピリチュアルで有名な方達は、
このような捉え方をされている人も多いですね。

大きな視点では、すべては、全自動で動いている。
と言うことも、色んな人が伝えられています。

すべては、幻想。私も、幻想。

しかし、そうではないと言う話もありますので、
そのまんま鵜呑みにするのも違うかもしれません。

地獄も極楽も存在しない? 「あの世の社会見学」を読んでみました。

最近のスピリチュアルな死後の世界は、
こちらの世界観の話が多いような気がします。

それが事実か否かは、分かりませんが、
一つの真実としては、面白い内容だったと思います。

漫画なので読みやすくもあります。

あの世の社会科見学/安斎かなえ

posted with カエレバ

bookfan PayPayモール店

著者  安斎かなえ
協力者 流光七奈(りゅうこうなな)

流光七奈さんは、霊能者で、
この漫画の主人公のようです。

流光七奈さんのHP

流光七奈さんは、
旦那様を亡くされているのですが、
亡くなった旦那様とテレパシー?で、
時折、通信されているそうです。

流行七奈さんは、あの世には、
地獄も、極楽も、ないと言います。

亡くなった旦那様の話だと、
この世と似たりよったりの生活が、
あの世でもあると言うことです。

だけど、その世界は、
あくまで、転生する前の
控室のような感じらしいです。
(転生が終わっている人は、また別世界。)

転生前の、その世界には、
この世と似たような作りの街が存在し、
家や飲食店なども存在するようですが、

この世と違うのは、棲み分けが、
しっかりされていて、
同じ波長同士の人としか会わない。

そして、あの世では、
パッと思い浮かべたモノが出現する。

しかし、まず、ご自分の
死を受け入れた人しか、
あの世には、旅立てない。

自分の死を受け入れられない人は、
幽霊となって、この世に留まる事になる。
この世への未練や執着。
この世への思いが重いと旅立てない。

そのような霊が、この世には、
いっぱいいるそうです。

また、幽霊同士も波長が合わないと、
すぐ近くに幽霊がいても、お互いが見えない。

流光七奈さんは、あの世が視えるそうですが、
あの世のすべてが視えるわけでは、ないそうです。

流光七奈さんも、
亡くなった旦那様がいる、あの世の世界は、
あの世の一部の話と言われていました。

だから、あの世の一部の世界では、
地獄も極楽も存在しない
と言う解釈もできるかもしれません。。

精神病は、家系のカルマである事も多い?

これも、あくまで一説の話ではありますが、
精神病は、家系のカルマである事も
多いと言う話があります。

まず、私の家系の事ですが、
父親系の方は、どうも、
精神病のカルマが流れていたと思います。

私のお爺ちゃんは、自分の自慢話をよくし、
自分以外の人の事は、常に否定したり批判したり、
馬鹿にしたりする傾向がありました。

私は、子供時代、このお爺さんは、
なんで、こうも、おかしいのだろうか?
と思っていました。

そして、それから十数年経ち、
お父さんの弟。私にとっての
叔父さんになるわけですが、
その叔父さんと、しばらく関わった時も、
やっぱり、なんで、この人は、
こうも、おかしいのだろうか?と思いました。

それから、また数年後。
今度は、私の弟ですが、
その時、弟は、まだ小学生だったのですが、
なんで、こうも、おかしいのだろうか?と
思うような言動や行動を繰り返していました。

父親は、おめでたい事に、
父の高収入の仕事を奪ったのも、
母親が過去に何度も倒れ、
救急車で病院に運ばれたのも、母親を結果的に、
死に至らしめたのも、弟が、
その張本人であった事に気づいていません。
小学生の頃に、既に手遅れだと思えるぐらいの
症状を抱えていたのですが、両親の鈍感力と言いますか、
小学生の間に精神病院に預けておく事が出来れば、
一家の被害も少なくて済んだような気がします。

ダイレクトに関わった時には、
露骨に分かったのですが、
時折、関わる程度の時でも、
う~んと思えるような事が結構、ありました。

お爺さん、お婆さん、
親族と言う事に関しても、
父親系の方は、どうも、
異常があったとしか思えませんでした。

一方で、母親系の方は、
結構、まともで、良い人が多かったです。

しかし、毒父や毒爺と長年、
生活を共に出来るのは、
分かりずらい毒親だったかもしれません。

私と縁が濃かったのは、父親系の方でした。
お爺さんが、やたら干渉してくると言う事情もありました。

今、思えば、あれがカルマ流しだったのかもしれません。

私は、遺伝にも、細胞遺伝と、
環境遺伝の両方があると思っていますが、
最近の研究では、RBM12遺伝子と言うモノに、
短縮型変異と言うモノがある事を発見できたそうです。

その遺伝子を持っていても、
発病しない人もいるようですが、
何らかの、きっかけで発病すると、
精神病となるようです。

先程、例に上げた私の身内は、
3人とも、腫れ物に触るような感じの
異常者だったと思います。

本来であれば、措置入院が妥当であったと思います。
しかし、周囲の認識不足や知識不足など諸々の事情もあって、
そうはならず、家庭内でも、家庭外でも、
諸々の問題を起こしていました。

だけども、私を含め、他の者達にも、
大なり小なり、そのような遺伝は、
流れているのかもしれません。

だから、今後の課題としては、薬などの開発により、
この遺伝子の消滅をどうするか?と言う事になるようです。

環境だけでなく、体の中に
眠っている遺伝子として、
精神病になる事もある。

どれほど、良い環境の中にいても、
どれほどの愛情を持って育てていても、
時には、遺伝子によって、
異常者のようになってしまうこともあると言う事です。

勿論、それを誘発する外部要因もあったとは、思いますが、
それは、非常にささいな事が原因になったりもするようです。

しかし、今、このような事が分かってきたので、
薬になるのか、どのような治療になるのかは、
まだ分かりませんが、
このような遺伝子を除去する事が出来る流れが、
今後、始まっていくのかもしれません。

だけども、それが家系のカルマとして
遺伝子情報に仕組まれていた事だったとしたら、
それを除去するのは、どうだろうか?と言う疑問も残ります。

そして、今、悩みの種になる人が家の中にいる場合、
そのような事を経験した私からのアドバイスですが、
テープレコーダーなどに録音するなどして、とにかく証拠を
なるべく、たくさん残しておく事が必要だと思います。

環境的遺伝

精神疾患の親などに育てられた結果として、
精神疾患になると言う事もあります。

一説では、細胞遺伝よりも、
こちらの環境遺伝の方が多いと言う話も聞きます。

私も、子供時代、他の家と、こうも違うかと思い、
色々とショックを受けた事もありました。

怒鳴り声と暴力が蔓延した家庭で、
借金取りからの電話も鳴り止まない。

似たような境遇で過ごした人もいると思いますが、
やっぱり、子供なりに苦しかったのを覚えていますし、
思い出そうにも思い出せない事も多いです。

親が気づかぬ間に、子供を病気にしている事があります。
精神疾患になりやすい環境と言うものもあるようです。

小さな子供相手に怒鳴りまくり、
暴力を振るっていたら、やっぱり、
悪影響は、受けていると思います。

子供が既に病気になっていると気づかずに、
責めて攻撃して、どんどん症状を
悪化させている傾向があります。
自分が絶対正義で間違っていない。
その癖、自分の原因や問題には気付かない。

勿論、同じような境遇の中で、
そうなる人とならない人がいますが、
子供時代に家庭で息抜く場がなかったり、
苦しい状況が続いたりと、
その影響をモロに受けてしまった中で、
精神病になる事もあると思います。

体も小さく幼き時のショックは、
本人が気づいているか、
気づいていないかは、別として、
大人になってからも、
引きずっている事が多いそうです。

トラウマを解消する方法

そして、環境によって、
精神病になっているのなら、
成人を過ぎている人であれば、
環境を変えると言うのも一つの方法です。
(だけど、精神病の状態にもよるでしょうから
医師とも相談してください。)

あるいは、一時的な事であれば、
旅をしたりでリフレッシュする事も一つの方法です。

家庭因縁

この話は、私には、事実かどうかは、
分かりませんが、一応、このような話もあります。

家庭因縁とは、私の先祖に苦しめられた者達の
怨念などの恨みによって、その子孫である私達に、
諸々の病や災いなどで報いると言う事であるそうです。

それが、人やお金のトラブル。
精神病や霊障となって
現れると言う話も聞いた事があります。

私の父母も、ある程度の歳になってから、
あまりにも家の中のゴタゴタが多いから、
この家は、呪われているのではないか?と言っていました。

それも、私を含め、恨みを持たれる家系に生れると言う
カルマを持って生まれたと言う要素もあると思います。

私のお爺さんだけの事を思っても、
かなり人様から恨みを買った人だったと思うので、
やっぱり、その先祖と言えば、
結構、恨まれて来た要素があるのかもしれないです。

怨念と言う言葉がありますが、
私達の先祖に苦しめられた人達の思いが
念として残っているのかもしれません。

話は、変わりますが、
随分前に一度だけお会いした、
霊が見えると言ってた男性(霊能者ではない。)の話では、
御魂には、筋肉と言う意味もあるので、
健康な人であれば、運動したり、筋力を付ける事で弱い霊は、
跳ね飛ばせると言うような事を言っていました。

それが、事実かどうかは、別として、
確かに、体を鍛える事で、
多少なりとも精神力もアップすると思いますし、
体も丈夫になる事だと思います。
運は、動より生ずるとも言います。
だから、体を動かす事で運が開ける事もあるのでしょう。

土地の影響

大なり小なり土地の影響と言うのもあるようです。
イヤシロチやケガレチと言ったりもします。

埋炭などの方法によって、
ケガレチをイヤシロチに変える事も可能のようです。

イヤシロチとは・・・

パワースポットと呼ばれる場所の多くは、
恐らく、イヤシロチであるでしょう。

心霊スポットと呼ばれるような場所は、
どうですかね?本当に呪われたような場所であれば、
ケガレチである可能性が高いのかもしれません。

金銭的な余裕があるのであれば、
あまりにも、おかしな事ばかりが続出している家であれば、
引越しも検討してみるのも一つの方法だと思います。

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