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カルマの話

更新日:

人には、カルマがある。
カルマがあるから、
人間とも言える。

カルマが、ないと言う話も、
ありますが、厳密に言うと、
カルマの影響を、もう受けない、
と言う状態であるらしい。

残念ながら、多くの人に、
カルマは、ある。

カルマがあるから、
諸々の事を体験している、
とも言える。

毒親や親ガチャと言う言葉も、
よく聞くようになりましたが、

毒親の元へ生まれるカルマを
背負って来たとも言えます。

毒親家系も連鎖。

不幸に思える事件も、
その連鎖を終わらせる為に、
起きている事もあるかもしれない。

自分が、やった事が、
自分に返る。因果応報。

その人の持つカルマ故に、
起きている事だったりします。

生まれながらに持ったカルマ。

丸い玉を転がして加速するように、
カルマも、ダルマも、転がっている。

カルマが多い人、カルマが多い家系は、
自然と、そちら寄りに転がって行き、

ダルマが多い人、ダルマが多い家系は、
自然と、そちら寄りに転がって行く。

カルマを撒く人は、撒き続け、
ダルマを撒く人は、撒き続ける。

どちらにしても、気づきの合図は、ある。

気付く人、気づかない人は、いる。

気付かずに、ず~っと続ける人も、いる。

何でも噛んでもカルマにする必要は、
ないですが、カルマを撒き続けている事に、

気付かない事。知らず知らずの間に、
撒いている事は、あるでしょうね。

親が子供を病気にさせている事もある。

このような因果関係、因果応報もあったりする。

すべては、自分が撒いた種がある。

撒いた種は、自分で刈り取らなければ、ならない。

今世、色々と大変だと言う人は、
前世で、極悪人だったのかもしれない。

しかし、輪廻転生の観点から言えば、
今世では、まだ無理だから、敢えて、

来世や来々世に先延ばししているかもしれず、
今世で、大変な人は、運が良いかもしれない。

阿頼耶識に収まっている業(カルマ)がある。

阿頼耶識と言うのは、心の蔵。

ここに収まっている業に時効は、ない。

千年、二千年前の種が眠っているかもしれず、
その種が芽を出すことがある。刈り取る為に、
芽が出たのが不運な出来事だったりもする。

この時に気づいて、感謝できたら浄化かもしれない。

勿論、中々、そんな風に思えないのが人間。

余談ですが、三重県や兵庫県の人は、
腹が立ったり、怒ったりすると、
「めっちゃ、ごう、沸いて来た!」
と言ったりしますが、この、「ごう」とは、

「業」の事かも知れず、
「種」が芽を出した結果、

と言えるかもしれませんね。

もっとも、「ごう沸いた!」と、
怒っている人は、そんな事には、
気づいていないと思いますけど。

種がなければ、芽が出ない。

どのような出来事も、
自分の撒いた種がある。

業が因となり、報となる。

仏教的には、心で撒いた業が、
一番多いと捉えられているそうです。

心の種蒔きが一番、多い。

仏教を語る仏教系ユーチューバー?菊谷隆太(きくたにりゅうた)さん

心の中の業が、
現実と言う鏡に、
映し出されている。

現実的には、心の中が一番見えない。

それを心の外に映し出している。

肉体がなくなれば、丸見えの世界。

肉体があるから、隠れているように見える。

勿論、心の中だけでなく、
体を使ってやった事、
口を使ってやった事も業になる。

この世で悪事を働いて捕まれば、
刑務所に入りますが、それで、
カルマを解消出来たとは、言えない。

撒いた種が自分の身に降り注いだ時。
撒いた種に自分で気づいた時が解消。

因果と言いますが、因が変われば、結果が変わる。
因縁と言いますが、縁が変われば、結果が変わる。

因果が縁によって起きる事もある。

花咲爺さんのように、
因や縁によって、
結果と言う花を咲かせる。

その花の種は、自分で撒いている。

お釈迦様は、こう言われたそうです。
何者の業も、必ず自分に戻る。

どんな事も、どこへ逃げても、
自分がやった事は、
目に見えない業力となって、
すべて自分に戻る。

この業力は、肉体が滅びても終わりでは、ない。
自分の業力は、自分が相続している。

この業力は、死後の世界に現れる事もあれば、
来世で、肉体を持った時に現れる事もある。

地獄とは、自分の業力が生み出した世界。

だからこそ、良い種を
播きなさいと言う教え。
それが、仏教であるそうです。

善因善果。悪因悪果。

善の種を撒けば、善の結果。
善の種を撒いて、悪の結果が出ることは、ない。

悪の種を撒けば、悪の結果。
悪の種を撒いて、善の結果が出ることも、ない。

撒いた種は、良くも悪くも、
必ず、自分で撒いている。

今世の事にしても、
前世の事にしても、
自分で覚えていないだけで、
自分で撒いた種がある。

種があるから、自分で、
その結果を受け取っている。

ひまわりの種を撒いて、
あさがおが出ることは、ない。

柿の種を撒いて、
桜の花が咲くことは、ない。

大根の種を撒いて、
きゅうりが出て来ることも、ない。

必ず、自分が撒いた種が出て来ている。

撒いた種を見れば、
出て来るモノが分かる。

出て来たモノを見れば、
撒いた種が分かる。

なのに、私達は、
出て来たモノを見ながら、
撒いた種に気付かない事も多い。

因果応報。自業自得。

元々は、誰もに分かりやすいように
このような言葉で伝えられたと思う。

自分が撒いた種は、
自分が体験する。

自分が撒いていない種は、
自分が体験することは、ない。

カルマとダルマ

カルマを多く持って、
生まれて来た人もいれば、

ダルマを多く持って、
生まれて来た人もいる。

だから、今世だけで、
人と比べることに意味が、ない。

しかし、人を見て、
自分のカルマに、
気づくこともある。

自分の持って生まれた、
カルマに気づきなさい、
気づきなさい、と言う、
合図で見せていることも、
あるような気がします。

私達は、そこで気づかず、
通り過ぎている事も多いと思う。

あの人の人生は、
トントン拍子に行って、
羨ましいなあと思うことも、
あるかもしれませんが、

それは、ダルマの人、
なのかもしれません。

借金と貯蓄に例えると、
分かりやすいですが、

借金がある人は、
それが背負って来た錘であり、
まずは、借金を返す事。

だけど、借金がある人は、
また、借金を増やしやすく、

貯蓄がある人は、
また、貯蓄が増えやすい。

カルマは、今世で、
返し切れなかった分は、
来世に持ち越しになる。

まずは、気づくこと。

カルマが少なくなると、
自然と運も良くなる。

(プラスのカルマと、
マイナスのカルマ、
と言う表現をされることも、
ありますが、ここでは、
プラスのカルマのことを
ダルマと表記しています。)

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