どうでもいいこと スピリチュアル 動画 日記

私の中の世界。

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私1人で生まれて、
私1人で死んで行く。

一人一人に言えることですが、
世界の中の私ではなくて、
私の中の世界であります。

すべては、自分の中で起きている。

勿論、その中で、決められた、
ストーリーや演出などもある。

それらを含めて私の中の世界。

言い換えるなら、
一人一人が見ている夢の世界。
現実と言う名の夢の世界であります。

私1人で創り出した世界。
私1人の意識の投影。

水を冷やせば、氷になる。
水を熱すれば、お湯になる。
水が蒸発して、雲になる。

私達の現実も意識した、
その瞬間は、まだ、実体のない、
水のようなモノですが、固まると、
目の前の現実として現れる。

創りかけの時は、まだ分からない。
創り出した時に、形になっている。

現実として現れている時は、
水が固まって氷になっているようなモノで、
時には、創り出した時には、
手遅れに思えるような事もあるかもしれません。

だけど、それは、既に完成されたモノなので、
現実の方を変えようとして、いじくっても、
変わりません。それは、既に完成品です。

次の水が固まる方に意識を向けた方が良い。

現実と言う字は、実が現れると書きます。

現れた実でも、いいですが、昔の人は、
やっぱり、こう言うことを分かっていたから、
現実が、このような字になっているような気がします。

現実は、意識が創り出している。
主に潜在意識や観念と呼ばれるモノが、
関係しているらしいです。

現実は、意識が映し出している投影。

潜在意識には、普段、意識していないことが、
たくさんあるようなので、こんな現実を、
自分が創る訳がないと思うようなこともある
かもしれませんが、自分の潜在意識の投影なら自己責任です。

だから、本来は、誰かや何かのせいと言う事は、ないのですね。

私1人の世界なのですから、
あなたは、私で、私は、あなた。
と言うのも、ある意味、当然です。

それに自分と他人のDNAは、
99%ぐらいまでは、まったく同じであるそうです。
と言うことは、諸々の人は、自分自身の分身とも言える。

私1人の世界。その中でMy設定、
Myルールを決めて遊んでいる。

例えるなら大きな壷の中に1人で入って、
自分自身の意識で、あらゆるモノを映し出している。

この壷の中で、色んな体験、色んな体感をしている。

私1人の世界と言っても、多くの人がいる。

私の人生の中に自分以外の誰もいなかったら、
それは、それで、つまらないし寂しいことだと思います。

それに、人と人が関わるからこそ、
人間ドラマや人間映画が生まれる。

色んな人がいるからこそ、良くも悪くも、
色んなことを体験できたり学んだり気付いたりする。

だけど、この世の、実態は、何も無い空間。

何も無い空間に諸々の人や風景を映し出している。

まぁ、風景は、元々、存在していると言う話もあります。

創れない話

多くのスピ系話では、
現実は、自分で創り出している
と言う話が多いですし、この記事もそうです。

しかし、一部のスピ系の人の話では、
創り出すなんてことは、出来ない。

と言う話もあります。

びこさんや、momoyoさん辺りの人が、
そう言っているのですから、これも、
もしかしたら、そうなのかなぁ?とも思います。

「L.W.びこ」さん・・・

スピリット覚醒のプロ。スピリチュアルヒーラーMOMOYOさんの話

非二元の視点で言うなら、
肉体も感情も思考も、私では、ない。

観てるだけ~の私がいるだけです。

誰も何もしていない。

びこさんやmomoyoさんが伝えていることは、
これだけの視点では、ないような気もしますが、

創れない方の話をするならば、
現実を自分で創り出している
と言うのは、自分で創り出した
気になっているだけなのかもしれない。

創られた完成品を観ているだけなら、
創り出すことは、出来ないですよね。

これは、そんなことは、ない。
と言う話もあるのですが人生は一本映画。

映画の途中で、登場人物が、
抜け落ちることもなければ、

一人一人の台詞も行動も決まっている。

何時何分に、そのシーンが、
必ず流れるようになっている。

どの人も必要な配役で、
どの出来事も必要だった。

このことに自我は、
ああじゃない、
こうじゃないと、
とても抵抗する。

こちら側の話では、
起きる出来事を、
ただ、ひたすら淡々と、
受け入れて行くだけですよね。

受け入れる究極の言葉、これでいいのだ。

あの時、ああしておけば、よかった
と言うことは、一切ない。そうなるようになっていた。

映画の中の、あのシーンを、
ああしておけばよかったと思っても変わりません。

だけども、すべてがシナリオ通りとか、
すべてプログラミング通りと言うことを受け入れると、
自我から真我に切り替わると言うことが起きるようです。

神意識で自由に創り出せると言うのは、
そう言うことのような気がします。自我で、
いくら頑張っても中々、難しいと思います。

北島成浩さんの「真実の結晶」

生まれてから死ぬまでの
すべてのすべてが完璧なプログラム通り
と言う話もあります。であるならば、
何を創りだすかも決まっている。

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