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アバターとノンデュアリティ・・・

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映画、「アバター」。人気があったようですが、
私は、この映画を観たことが、ないです。

どんな内容なのかも知らないです。

機会あれば、一度、観てみたいと思っていますが、
中々、その気にならないので、
それほどには、興味がないのかもしれません。

だけど、アバターと言う言葉について思うことがあります。

まず、オンラインゲームで言う所のアバター。

自分の分身としてのキャラクターですね。

そして、非二元の話でも、幻想としての私と表現されています。

つまり、アバターですね。私が、アバターなのですよね?

本来の私とは、個別の私ではなく、全体と融合している私。

だから、非二元では、私が、いないと言ったりします。

ヴェロニカ麻由さんは、ご自身の動画の中で、
あの釈尊も、今で言うノンデュアリティや非二元と
呼ばれるモノに気づいていた。だけど、
それは、大体的には、伝えなかったと言います。
そこに導く為の、あれやこれやの教えは、ありますが、

その教えでさえ、本当の意味で解っている人は、
あまり、いないような気がします。勿論、私が、
解っていると言うことでも、ないのですけどね。

個としての私は、空に浮かぶ雲や星。
海の中を泳いでいる魚のようなモノ。

そうではなくて、海や空が本当の私。

個の自分が自分だと思い込んでいるから、
その背景である自分に気づけないでいる。

背景を意識していると実感が伴うのかもしれません。

釈迦が伝えた無我とは、そのことであったようです。

でも、言葉を見ると、そのまんまですよね。

「我」(私)が「無」い。
「我」(私)が居「無」い。

諸行無常(しょぎょうむじょう)

この世に永遠のものはなく、
すべては変化して行く。

諸法無我(しょほうむが)

この世のすべては無我である。
全ての存在には、実態がない。

涅槃寂静(ねはんじゃくじょう)

苦しみから解放され安らかに人生を生きる。

この三つを合わせて
三法印と言うそうです。

非二元と言うか、
スピリチュアルな話全般的に、
外側には、何も無いと言います。

すべては、自分の中で起きているだけです。自分の中に、
映し出しているだけです。睡眠中に、体は、横になり、
目も閉じているのに、夢の中で色々な出来事が起きたり、
動いたり、会話したりしているのと同じこと。

最初の話で言うアバター。アバターなら自分で操れますが、
幻想としての私。つまり、自分だと思い込んでいる私は、
コントロールすることは、出来ないようです。自動運転です。

私達の意志とは、関係なく、人も出来事も現れている。

私達は、何も起きていない静寂の中にいる。

個としての自分は、どこにも現れて、いない。

私が、いないのだから、私に何かが起きた
と言うことは、本来は、ないのですね。

非二元の起きるべきことが、起きている
と言うのは、人生が、すべて決まっている
と言う話とは、違うようですが、観てるだけ~
と言う観点としては、同じかもしれません。

諸行無常。すべては、現れては、消えて行く。

思考も感情も出来事も現れては、消えて行く。

それは、完璧な流れの中で起きている。

私は、いないのですが、
私が私だと思い込んでいる存在が、
自分であり、アバターです。

私達は、強烈なぐらいに、
アバターとしての自分を
自分だと思い込んでいます。

これは、本当の私では、ない。

私では、ないのですが、
アバターとしての自分も、
今、こうしている訳なので、

どちらかに偏るのではなく、
どちらも大事。中庸ですね。

あちらの視点で伝えていることと、
こちらの視点で伝えていることでは、
色々と矛盾が生じたり、理解し難いこともありますが、
両方の視点を持っていれば、どちらからでも見られる。

スピリチュアルな世界では、
よく言われていることですが、

私一人で生まれて、
私一人で死んで行く。

私一人と言うのは、
すべての人が私と言うこと。

世界は、私。すべては、私。

結局、私1人の世界。
私1人の宇宙なのだから遠慮せず、
もっと自由に何をしてもいい。

勿論、人を苦しめたり陥れたり
と言ったことは問題外ですけど。

私達の目の前には、いつも、
今しか存在していない。

今と言う感覚は、自分の体が、
一番、良く知っているようです。

体の感覚に意識を向ける。

ゆるんだ人から目覚めていく

体をゆるませるといいらしい。

非二元の話は、面白いですが、
それを体感すると、悟ったとか、
これがすべてだと勘違いしてしまうような
罠のようなモノもあるようです。

お薦め動画の紹介。非二元は、悟りの入口?

非二元は、悟りでは、ない。
悟りへ至る為の入口だと伝える人もいます。

非二元の視点だけで世の中を見るのは、
色即是空の「空」だけの視点で見ている。

「空」の視点で見ると、何も起きていない。
「色」の視点で見ると色々、起きている。

だから、どちらの視点も大事だと思います。

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