どうでもいいこと スピリチュアル 日記

人生は、すべて決まっている?それとも・・・。

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私は、以前まで、人生は、わりと、
すべて決まっていると思っていました。

しかし、私の人生と照らし合わせても、
どうも、別のシナリオも存在したように思える。

人生は、100%シナリオ通りと言う側面は、
確かに、そうだと思うのですが、人生は、
直線ではなくて、曲線のような所があって、

その曲線状で決まっている。

人生は、選べると言いますが、
100%決まっている人生の中で、
どれを選ぶかの阿弥陀クジ。

人生映画が100本あったとして、
選択次第で次の展開が変わる。

どれを選ぶかさえ決まっている
と言う話もありますけど、
変更可能な要素もあるような気がします。

一側面としては、ガチガチに完璧に決まっている。
一側面としては、自分で自由に創り出している。

睡眠中に見る夢の方が本当の世界に近いと言いますが、
現実も、色々とゴチャ混ぜになっている要素もある。

この世的な考えでは、理解が及ばない所もあるのでしょう。

ネット上にも、この類の話は、溢れていますが、
エゴ的な観点で運命は、自分次第で、いくらでも、
変えられる、創っていけると言う話もありますが、

エゴではなく、真我で創っていると言う話は、
わりと真実を伝えているのではないか?と思います。

知花敏彦さんに学ぶ宇宙の法則

エゴか真我か。いわゆる自分が神だと言うことに気付いた時には、
自分自身が創造主で自分自身で創り出していることに気付く。

だから、100%決まっている側面はあるのですが、
その都度、創り出している側面もあるのですよね。

ここに気付くまでは、100%シナリオ通りかもしれません。
この話を有名にした小林正観さんも、こう言いました。

人生は、100%決まっている。
しかし、100%決まっていると思い定めると、
100%自由になると言う不思議な宇宙構造になっている。

正観さんが本当に伝えたかったのは、
後半の部分だったのかもしれません。

だけど、広まったのは、
前半の部分のような気がします。

正観さんも、100%自由と言う部分は、
あまり強調して伝えていなかったように思います。

だから、本当の意味で腑に落とした人への、
ご褒美のようなモノかもしれません。

人生のシナリオ。人生は100%決まっている?

100%受け入れてるかどうかを
確認する簡単な方法は、

自分の人生にも、他人の人生にも、
悪口や文句が出ないかどうか。

完璧に決まっていることを
受け入れているなら、
それらは出ないはずですよね?

相手の人生も相手の台詞も行動も、
そうなるように決まっていたのですから。

また、正観さんの話とは、違う視点の話にはなりますが、
今は、時代的にも、それぞれが、それぞれの人生を
創って行ける時代でもあるようです。

いや、今までも、そうだったかもしれない。

100%自分で創り出しているから、
100%決まっていると言うのかもしれない。

自分で創り出して自分で体験しているから、
自作自演の世界。この世に私1人の世界。

このことに気付くか気付かないか。

神意識とは言いますが、
神思考とは言いません。

現実を創れるとしたら意識の方でしょう。
思考は現実化すると言いますが、
思考は流れる雲ですから自分で創っているとは、
違うのかもしれませんね。

しかし、この類の話は、
エゴによる勘違いもあると思うし、
本当の所は、分かりずくなっていると思うので、
あまり知らなくてもいいことかもしれません。

私の、この記事よりも、
↓のくるまだまさのぶさんの記事の方が、
的を得てると思うので参考にされてください。

役者のように決められた配置。それを体験する為に、
決められたシナリオと言うのも存在すると思う。

人生は、カルマによって結構、決まっている???

現実は、魂同士で演技している舞台。
とても嫌な役目をやる人ほど、
ご縁が深いと言うことがあるようです。

また、縁が深いと思える人は、
いつ何処で何をしていても、
何度でも会うと言うこともあります。

グループソウルと言う話がありますが、
生まれ変わり死に変わりをする中で、
同じ魂が、その時々で、違う役を
演じていると言うこともある。

善人の役は、やりたがる人は多いでしょう。

本来、純粋でピュアな心。魂が一芝居打つ為に、
悪役を演じることもある。悪役など、
やりたくないと言う人の方が圧倒的に多いと思う。

憎まれ役、恨まれ役と言うシナリオを書いた人は、
その役を完璧に演じ切る。それは、人生の一時かもしれない。
あるいは、ずーっと長いことやるかもしれない。

悪役がいなければ、善人の良さが分からない。

オセロも白と黒だから分かりやすい。

善だけ、悪だけでは、何が善で、何が悪か分からない。

親鸞さんは、言いました。

善人なおもて往生す いわんや悪人をや

この世的に見ても、悪人と言っても、
本当に性根が腐ったような人もいれば、
根は、とても良い人もいる。

だから、本当の所は、中々分からないカラクリ。

善人も悪人も地球と言う人生劇場で演技をしている。

最初の話とは、矛盾しますが、
私達の一生は、宇宙的には、一瞬の出来事。

100年の人生なら1時間物の
映画のようなモノかもしれません。

その中で、わざわざ途中で、
その映画、その人生を、
替えようとするでしょうか?

替えるなら、その映画、その人生を、
観終えてからと、ならないでしょうか?

それぞれの人生が100%決まっていなければ、
辻褄の合わないような所も、あちこちで出て来ます。

しかし、パラレルワールドの話や創り変えられる
と言う話も、確かに、そうかもしれないなぁと思う。

視点が違うだけで、決まっているのも、
決まっていないのも、本当のことかもしれない。

創り出せる、創り替えられると言う話は、
一旦置いておいて、すべて決まっていると言う
視点の話をするなら、人の動きは、夜空に輝く
星の動きと同じで、そう動くように決まっていて、
そこに意味は無く、意味と言う色付けをしている。

白紙のスクリーンに自分で映し出している話をしても、
その映画の中身は、完璧に決まっている。しかも、
自分で映し出しているなら、誰のせいも、ない。
すべては、自己責任であります。

人生の、はじめから終わりまでの、
すべてが完璧に決まっている話をするなら、
私達は、生まれてもいなければ、死ぬこともない。

モノクロ世界の映像に、
私が色を付けている、
色即是空の世界。

すべての行動が完璧に決まっているのであれば、
あるのは、思いだけです。そう思う心があっただけです。

映画館で映画を観ながら、こうなれ、こう替われと、
いくら念じても替わりません。その通りに次の映像が流れます。

しかし、フィルムを取り替えられると言う側面の話もあるので、
この限りではないのですが、一側面としては、これも真実です。

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