スピリチュアル 動画 日記

この世は、魂劇場。魂のお芝居。

更新日:

よく言われていることですが、
この世は、魂の演劇。お芝居。

魂の劇場です。

とても酷いこと。とても嫌な体験。とても嫌な人。

私達は、今世だけに肉体を持って生まれて来ていることは、
稀で、大概の人には、前世、過去世と言うモノがあります。

今世だけを見たら、時に、
とても理解不能な出来事も起こります。

前世や過去生でのご縁がありますから、
今世で、とても嫌な事をしてきた相手というのは、

前世・過去生で私が迷惑をかけた相手とも言えます。

過去世からの因果関係。
それが消滅する為に、
とても、嫌なこと。
大変なことが起きていることもあるのですね。

それを、いつまで経っても相手のせいにしていれば、
永久に、その因果の消滅は、できません。

自分の人生で、自分に起きることは、
必ず、自分に原因があります。

それは、過去世のことかもしれないので、
とても理解不能なことだったりもします。

私も毒親育ちですが、
その家族、その環境は、
自分で選んで生まれて来ています。

魂のご縁なので、肉体を持っている間に、
どれほど考えても分からないこともある。

また、逆に、自分が迷惑をかけてしまった相手。

それも、相手の人の因果関係として、
そう成り立っているので、いつまでも、
罪悪感を抱える必要もないと思います。

一人一人の現実は、100%自己責任。
たとえ、どんなことが起きたとしても。

魂のお芝居。お芝居と言うことは、台本がある。

とても、嫌な、お役目をする人もいます。

その魂は、非常に高貴な場合もあるのですね。

この世に善人や良い人しかいなければ、
何が悪なのかさえ分からない。
黒があるから白が分かる。

魂が肉体の中に入ると、
どうしても、視野が狭くなる。

魂が、とても喜んでいる時に、
人間は、とても苦しむこともある。

だけど、今の時代は、ここまでのことは、
しなくて、よくなったことも、
増えて来たような気がします。

まったく、なくなったわけではないと思いますが。。。

魂の演技。魂のシナリオ。

映画の中の登場人物。

その登場人物の人を選んで、
それを体験しているようなこと。

例えば、鬼滅の刃の炭治郎になりたいと思い、
炭治郎と言うキャラクターの中に魂が入り込むようなこと。

でも、炭治郎の人生って結構、大変なので、
入りたいと思う人は、少ないかもしれませんね。

平凡すぎる人生も、魂にとっては、
つまらないかもしれないので、
色々、経験して来た魂さんは、
わりと大変な人生を
選んで来ることも多いようです。

私の経験上、
心だけの関係者は、
楽しい関係ですが、

魂も含めての
関係者になると、
わりとハードな関係。

魂のご縁が深ければ深いほど、
人間にとっては、悩みや、
苦しみが生じる関係性が、
多いような気がしています。

人生のシナリオとか、
途中で変更できるとか、
そのような話は、捉え方も、
人それぞれ違うでしょうから、
それは、置いておいて、

誰もの人生に、
大まかな台本、脚本は、
あらかじめ設定されている。

↑この動画も参考になりました。

魂の意志が大元だとしたら、
自由意志の方は、自作自演の世界。

魂が、大我。
心が、小我。

現実のすべては、自作自演。

魂の意志も大事かもしれませんが、
それを一旦、横に置いて楽しんでいるのが、
私達の現実だと思います。

勿論、すべて決まっていることを
受け入れられる人は、受け入れた上で、
自由意志の方も楽しめばいいと思います。

すべて、決まっているし、
すべて、自由自在だし、
すべて、自作自演なのですね。

人生は、一本の映画のようなモノと言いますが、
この映画を替えられると言う人もいるのですが、

一本映画の中身は、替えられません。

途中で替えられたように思える事は、起きます。

例えば、タイタニックの映画だとしましょう。

それぞれのシーンは、切り替わりますが、
はじめから、終わりまで決まっています。

みんなが、それぞれの役割を演じています。

あの時、ああ出来たんじゃないか?
こう出来たんじゃないか?と思うかもしれませんが、

タイタニックの映画の中身は、すべて決まっている。

その時々で、そう思う心があっただけです。

この世では、決まっていることしか起きません。
すべて、予定通りのことしか起きていません。

この世は、魂のお遊戯。魂のお芝居。

そもそも、肉体を持っている私達が考えることよりも、
肉体がない状態の時の方が、意識的な視野が凄く広い。

その私が、決めてきた一本映画を信頼すればいい。

だけど、このような話は、
つまらないと思う人も多いでしょう。

何故なら、それを忘れて、
楽しんでいるのが現実だからです。

映画や漫画やドラマを観ながら感情移入して
楽しんでいるのに、これは、映画だから、
ドラマの中の出来事だから
と言っているようなことです。

だから、自由意志で、自分次第で、
いくらでも運命は、変えられるし、
自分の現実は、自分で創っているし、
自作自演の世界。こちらだけの世界で、
楽しむのもいいと思います。

結局、どちらも正しいのですから。

気づいている気づいていないかは、別として、
人は、誰もに真我(神我)がある。

魂のお役目として、その与えられた役を
まっとうして死んで行く。これを
人生のシナリオと言ったりもしますが、

一人一人が演技をしているお芝居。
神芝居だったのですね。

すべて決まっている話とは、
ニュアンスが違うような気もしますが、
シャーさんが降ろされたメッセージも深いですね。

人生は、映画鑑賞

人生は、映画館で映画を
観ているようなモノ。

私の人生と言う映画を観ている。

この映画の中身は、
はじめから終わりまで、
完璧に決まっている一本映画。

これが、すべてと言うか、
人生の、現実の、答えなのですよね。

一人一人の人生が完璧に決まっている
映画の中の出来事であり物語。

だから、思い悩む必要もないし、
深刻になる必要も、ない。

肩の力を抜いて喜楽に生きればいい。
(喜怒哀楽の「怒哀」を抜いています。)

よくスピリチュアルな話で、
自分の現実は、自分で創っていると言いますが、
既に創られたモノでした。

だけど、映画館で、
この出来事が気に入らない。
あの人が気に入らないと。
ワーワーと怒鳴ったり、
文句を言っていれば、
その結果としての出来事が起きる。

だから、自分の現実は、
自分で創っているのも、
間違いではないですね。

自分で創っている話の方も、
自由意志の話としては、楽しい。
私の心の周波数が私の現実ヲ創り出している。

スポンサーリンク



-スピリチュアル, 動画, 日記

Copyright© 思考の治療院 , 2021 All Rights Reserved Powered by STINGER.