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やっぱり、すべては、決まっている?

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引き寄せの法則や、
願えば叶うと言う話がありますが、
そのような未来が確定しているから、
願って、叶うようになっている。
あるいは、願っても叶わないようになっている。

大まかな部分は、決まっているけど、
細かい部分までは、決まっていない
と言う人もいますが、それは、
どちらかと言うと思考の話になると思います。

魂的には、すべて決まっているし、
起こるべきことが、起きているだけです。

勿論、これは、私が感じたことなので、
これが、唯一、絶対的に、
正しいと言うつもりもないです。

この話を、つまらないと思う人も
多いとは、思うので知らない方が、
いいことかもしれません。

しかし、エゴと思考の観点から見ると、
私には、そうとしか思えないのですね。

エゴは、ああじゃない。こうじゃないと、
必死の抵抗をしますが、
これを無駄な抵抗と言います。

どれだけジタバタしようが、
何とかなる時は、なるし、
どうにもならない時は、ならない。

むしろ、無駄な抵抗を
手放した時の方が楽になれたりします。

勿論、何を思うのも自由ですが、
こうならなければとか、
こうでなければと言うような、
執着の思いが強ければ強いほど、
そうならなかった時のショックも大きい。

人生は、起こるべきことが、
起きているだけなので、
たとえ、どんな事が起きたとしても、
あぁ、こう来ましたか。これでいいのだ
と淡々と受け入れて行くだけでいいのですね。

受け入れて行くことの繰り返し。

人生のシナリオ。人生は100%決まっている?

私が、そのシナリオを書いて、
関わった人達が、そのまんまに
演じている人生劇場。

だから、善も悪も、良いも悪いも、ない。

モノクロ世界の出来事に、
五感で色を付けている世界。

思い悩んだり、苦しんだことも、
それが必要だから、そうなった。

被害者と加害者も、いない。

お互いに、そう言う役だった。

私も、一般的に言う被害者の役回りも、
加害者の役回りも体験したことがありますが、
どちらも、思考やエゴは、大いに苦しみました。

大好きだった人に理不尽度100%の
とても嫌な事をした事もありました。

シナリオを言い訳に使っているかもしれませんが、
相手の方に一切の非は、なかったのですが、
とても傷つけるような事をしてしまった。

結局、その誤解を解くこともないまま
20年以上の時が経過しましたが、私は、未だに、
その時の罪悪感を解消できたとは言えないでしょう。

いくら、お互いのシナリオに、
そのような事が書いてあったとしても、
あのような役回りは、二度と体験したくないです。

加害者の私が、こんなことを言うのも、
おかしな話なのですが、魂のご縁が深くないと、
このような関係性にならないのですよね。

だけど、私達は、魂だけで生きているわけではない。

善悪の概念や被害者と加害者の概念も持っている。

感情的に、とても苦しかったり、
悲しかったりすることもある。

どうしても、許せない人や事。
すごく嫌だった人や事。
すごく悲しい思いをしたこと。
すごく辛い思いをしたこと。
すごく苦しい思いをしたこと。

だけど、このような関係性の相手こそ、
魂的には、とても深い、
ご縁のことが、よくあるようですね。

私も、どうしようもない生き方をしていたので、
人から憎まれたり恨まれたりしたこともよくあります。

私を殺したいぐらい憎んでいる人もいます。
執念。怨念。そのような思いを持っている方と
バッタリ会って殺されかけた事が何度かありますが、
その度に不思議な力に導かれ助けられました。

その相手の方とも、魂のご縁は、深かった。
私の命の危機。殺す殺されるの状態で、
恐怖を感じているのですが、
別の所で、お互いの魂が、とても喜んでいた。
一瞬の出来事でしたが、この人になら、殺されてもいい。
そう感じていました。この出来事は、1度だけですが、
その相手の方とは、紙一重の所で何度も会っています。

他にも命の危機を助けられたことは、
数え切れないほどあります。
その度に不思議な力の導きがありました。

だから、結局なるようにしかならない。

今も未来もシナリオ通りのことが起きている。

次は、こう来ましたか。こうなりましたか。
これを淡々と受け入れて行くのが人生。

シナリオを途中で変更したり、
書き換えたり出来ないのか?
と思う人もいるかもしれませんが、
そのようなシナリオであれば、そうなるでしょう。

映画館で映画を観ながら、
次は、こうなってくれと、
いくら念じても、その映画の
シナリオ通りに次のシーンが流れます。

私達の人生も同じです。

映画のフィルムを替えればいいじゃないか
と言うような話もありますが、それも、
その映画の中の一部なのですね。

大元のシナリオを書き換えられる
と言う話の方が夢があるかもしれませんが、

一人の人間の力で、
人間を創れますか?
地球を創れますか?
宇宙を創れますか?

それらが出来ないのに、
自分の人生を創り出すと言うのは、
正直、無理があるような気がします。

壮大なシナリオの元に、
魂が肉体と言う衣を纏って、
一人一人が演技をしている。

色んな役がありますが、
自分でも演じているとは思っていない。

演技をしながら縁起の法則で、
人と人が関わり合う。

すべては、完全で完璧。
思考では、自由自在。
魂では、確定済。

思考のゲームで思い悩むことも、
人生ゲームですが、ある程度の所まで来たら、
魂的には、すべて決まっていると
受け入れるのも、良いかもしれません。

エゴが邪魔をして、
受け入れられないかもしれませんが、
それは、それでいい。
それでも地球は回っている。

私の人生が100%決まっている。
誰の人生も100%決まっている。

だから、誰が何をしていてもいい。

一人一人が役者。そのような演技をしている。

小林正観さんが人生は、
100%決まっていると思い定めると
100%自由になると言う
不思議な宇宙構造になると言われていましたが、

最近、くるまだまさのぶさんと言う方の
ブログ記事を読んだ時に、
100%決まっている事を受け入れると
思考(エゴ)から魂(ハイヤーセルフ)に
おまかせの人生になると言うようなことが
書かれてありました。

他のスピリチュアルを伝えている人でも
降参するとか、サレンダーすると言うニュアンスで
伝えられている人もいますね。

思考から魂にバトンタッチするから自由自在になる。

思考で自由自在や現実創造できる
と思っているのは、
どうやら違うようですね。

思考から魂に明け渡すから、
それが可能になるようです。

すべてが決まっているから
と言って投げやりになるのではなく、
すべてが決まっているから、
何をしてもいいと思い切って行動する。

未来は、いくらでも創り変えられる。
未来は、すべて決まっている。

矛盾しているようですが、
この二つは、表裏一体。

車の前輪と後輪のようなモノで、
どちらが欠けても走らない。

軸は、すべて決まっている
ことを受け入れながらも、
こうしたら、こうなるかもしれない。
そうならなくてもいいけど、そうなったら楽しい。
結果に固執せずに、やりたいことをやる。

すべて決まっているのですが、遊び心として、
そうではないことにしておきませんか?

このような会話が「守護霊との対話 中川昌蔵の世界」
と言う本の中でも、されていました。

バラドアジャ・リシの預言書

私も、人生がすべて決まっている
と言うなら証拠を見せてくれ
と思ったことがありますが、
確信する一つのきっかけとなった出来事に
バラドアジャ・リシの預言書の話があります。

私は、この話を聞いただけで、
実際に視て貰ったわけではないですが、
でも、そうなんだろうなと思いました。

今から7000年ほど前に書かれた
バラドアジャの預言書と
言われるモノがあるそうです。

釈迦が2500年前の人ですから、
それより遥か昔。。。

アガステアの葉と似ていて、
このバラドアジャの預言書を
読むであろう人の名前が記されている。

読んで欲しいと頼んでも、
その預言書に載っていない人もいるそうですが、

この預言書には、人々の魂の履歴が記されていて、
これを見た人の予言はすべて正確だったそうです。

何回生まれ変わって、
何をやって、どうなるかが、
全て書いてある。

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