スピリチュアル 読書

電子書籍「Rubin ~ルビン~-覚 醒- 認識の転換のために」を読んでみました。

更新日:

最近、ツイッターの方で、
「Rubin’s work @覚醒・瞑想・気づきのワーク」
と言うツイッターをされている方を発見したのですが、
結構、興味深い呟きを発信されているなぁと思いました。

電子書籍も99円と言う
激安価格で発売されていたので、
まずは、読んでみようと思いました。

面白いです。値段以上の価値は、
絶対にあります。2千円ぐらいの
値が付いていても、おかしくない本です。
(あくまで私の個人的な意見です。)

内容も面白いしボリュームも多い。

しかし、普通の本だと思って読みはじめると、
頭が混乱するかもしれない内容です。

独特な言葉の切り口で語りかけて来ます。

思考以前の、状態として伝えられているようで、
思考で解釈するには、無理があるのかもしれません。

この本の中に絵は、

どこにも描かれていませんが、
この本は、文章を読むというよりは、
絵をじっくり観察するような感覚で、
読むモノのような気がしました。

だから、私の感想も、本の内容とは、
かなりズレたモノになるかもしれないので、
これは、本を読んでくださいとしか言えません。

その上で、私が思ったことを書かせて頂きます。

著者の方が伝えたいこととは、
違うモノになっている
可能性があることを
ご了承ください。

愛と言われているモノは、
分離感覚があるからこそ感じられる。

大元のバイブレーションに触れると、
人間が認識している愛と呼ばれるモノは、
とても小さいモノに感じられるそうです。

すべてが愛であったと言うのも現象側。
いわゆる、こちら側。その向こう側がある。

一瞥体験や覚醒。居心地が良い状態。静寂。

それらも、また、幻想世界の中での一部のこともある。

瞬間、瞬間、瞬間、この瞬間の間には、隙間がある。

この隙間に飛び込むことが、
こちら側から、あちら側に行く方法。

だけど、飛び込もうとした時は、
もう、次の展開が、はじまっているので、
後向きに飛び込んだ方がいいらしい。

しかも、「振り返らずに、
後向きに飛び込んだ方が良い」と言われているので、
後を向いた時は、振り返れば奴がいる状態なので、
意識が動く前に、奴がいない間に、
そうしないとならない。

瞬間と瞬間の間にある隙間。

これを隙間だとか、
間だと、認識した時には、
もう、思考が働いている。

人間に観察された時に、
それは、消える。

振り返れば奴がいるの、
奴に気づかれる前に入り込む。

だから、針の穴の中を通るようなこと。

私流の説明をすると
電車やバスの待ち時間が間。

だけど、思考は、一秒間に、
何万回だか、それ以上だか、
動いているらしいので、
かなり高速な世界の話だと思う。

エゴや思考は、後付されたモノ。
これらを外すと見えてくる世界がある。

ありのまま。そのまま。

全体が、ただ、在る。

そのような世界のことだと思います。

しかし、これは、まだ、片側だけの世界のようです。

著者の方は、識別のない状態と表現されています。

識別のない状態では、自らの意志で動いていない。

そして、すべては、連動して動いている。

現象に意味付けした時は、もう、こちら側。

本物の慈悲。あちら側の慈悲は、
人間的な解釈の慈悲とは、違うこともある。

私達の意識は、肉体にフォーカスして、
肉体と同化していますが、生きながらにして、
肉体離れすると肉体的な
視野や認識から解放されるようです。
覚醒側の意識から見ると1ミリたりとも、
自分で何かをやっていると言うことは、ないそうです。

と言うことは、すべての人や出来事は、
全自動で動いていると言うことでしょうか?

非二元などの話でも、
そのようなことが言われています。

誰も、何も、していない。

しかし、こちら側の意識で、
あれこれ考えることは、無駄だと思うので、
今は、考えることを辞めておきます。

一見、無駄だと思えることも、すべて必然。

次の瞬間に起きることは、すべて決定済のこと。

全体が、同時に動いている。

最初の方で言った、
隙間と隙間の間とは、
これが起きる前の
エネルギー状態に立ち会うと言うこと。

カルマと言うのも、
ある次元から見れば、あるし、
ある次元から見れば、ない。

カルマがあるのは、
原因と結果がある世界。

原因と結果が無い世界もある。

これは、因果応報に
置き換えても同じだと思う。

私なりの解釈では、自分と言うのは、
幻想の自分。幻想の自分を自分だと
思っている時には、カルマも因果応報も存在する。

この幻想と離れて、
幻想の自分として観ている時は、
それらが存在しなくなる?

そんなようなことかな?と思いました。
だけど、思考だけで、そう思い込んでいる間は、
やっぱり、カルマは、存在していると思う。

著者の方は、一時期、
聖者の方に師事されていたことも
あったそうですが、詳しくは、
触れられていません。

ヒマラヤの聖者もいるし、
サイババさんなどの聖者もいる。

どのような聖者に師事されていたかは、
分かりませんが、そのような経験も
役立ったようです。

ヒマラヤ大聖者。ヨグマタ相川圭子(あいかわけいこ)さん。

パイロットババジさんの「ヒマラヤへの扉」を読んでみました。

奇跡の人。サティア・サイババさん。

読み終えて。

かなり、面白い内容でしたが、
一度、読んだだけでは、
これを理解することは、難しい。

前半の半分は、なんとか理解出来たつもりですが、
後半の半分からは、難解になっていた気がします。

時を置いて、また読んでみたいと思います。

この本には、覚醒に至るまでの
ヒントが散りばめられています。

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