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すべては、決まっていたのか?

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随分前にも同じような
記事を書いた事がありますが
この話は、スピリチュアルの中でも
永遠のテーマになる話だと思うので
再び記事にしてみました。

多くの人にとっては、
どうでもいい話になると思います。

人生は100%決まっている?

宿命は、決まっているけど、
運命は、決まっていない。

と言う説が一般的ですが、

人生は、すべて決まっているとか
人生は、既に決まっているとか

この世の、すべてのすべてが
決まっていると言う話があります。

スピリチュアル界隈では、かなり広まった話で、
色々と論争されている事でもあります。

故・小林正観さんは、人生は、
すべて決まっていると言いました。

久々に人生のシナリオの話

スピリチュアルな世界で有名な
阿部敏郎さんや雲黒斎さんや賢者テラさんも、
すべて決まっていると伝えられています。
(この方達には、それを認めざるを
得ない体験があったようです。)

私には、そのような体験がないので
何とも言えない部分ではあります。

それも真実だとは、思うのですが、
そうではない真実は、ないのか?
と言う疑問もあります。

どちらでもいいのですけどね。

万人に共通する真実であるなら
その世界を私も見たいと思う。

人生がすべて決まっていると言う話を
釈迦が言っていたとか空海が言っていた。
あるいは、キリストが言っていたなら、
信じる人も多く出ると思うのですが、
これを言い出した人達が現代人だから、
余計に混乱を招いてしまうのかもしれませんね。

小林正観さんや阿部敏郎さんは、
スピリチュアル界隈では、
かなり影響力がありますが、今の所、
釈迦や空海ほどの影響力は、持っていません。

多くの人にとっては、バカなことを言うな
と言う話になるのだと思います。

だけど、どうやら私も
深い部分では、すべて決まっている。
すべてが自動で動いている。
壮大な人生映画。世界映画。地球映画。
宇宙映画を、どこか遠くで
観ているような気もしています。

電車の中で外の風景を眺めているような。
それをあたかも自分が体験していると
錯覚しているような。

そんな感じなのかなぁと思います。

でも、バシャールなどは、
決まっているように見えるけど
決まっていないと言うことを伝えています。

色んな未来は、既に存在しているけれど、その中の
どれを選ぶかは、自分で選択できると言います。

この辺の事については、
ユーチューブでオマエゴットチャンネルの
吉川貴比呂さんが上手いこと説明されています。

あの視点もあれば、この視点もある。
だから視点の違いで、どれも正しい。

SKOチャンネルの吉川貴比呂(よしかわたかひろ)さん

吉川貴比呂さんの説明も
さすがだと思いましたが、

さらに、シュウハンハンさんの
この言葉を見た時に、
これがすべてだと思いました。
(フェイスブックに
ログインしないと全部は、見れないようです。
フェイスブックをされている方であれば、
下の2020年10月30日金曜日のリンクから
見れると思います。)

悟る人は誰もいないし、
迷っている人も、苦しんでいる人も誰もいない。

何も起きていないし
誰でもない。誰もいない。

それでも、ただ起きてくるし、通り過ぎてゆく。
そして何も起きていない、という平和。。。

すべてがあるがまま

純粋で無…

シュウ ハンハンさんの投稿 2020年10月30日金曜日

誰もいないのだから悟る人もいない。
すべては、ただ起きているだけだし、
すべては、何も起きていない。

シュウハンハンさんの言葉には、
感激して思わず何度も何度も読み返していました。

ドラマの中の自分を観ている自分。

釈迦もタタータと言う言葉で
こう、伝えられていたようです。

タタータは、サンスクリット語で、
意味は、起きる事がただ起きている。
起きない事は、決して起きない。

これは、こう言い換える事も出来ると思います。

その人にとって耐えられない事は、起きない。
耐えられないように思える事もあるかもしれませんが
ギリ耐えられる器だと見込まれた器の人にそれが起きる。

どうせ死ぬのに何故生きるのか?
と言うようなことも言われたりしますが、
出来事は、ただ、ただ、起きているだけですが、
その中にどっぷり浸かって人間をやる。

人間をやっているつもりになることが
生きる意味かな?とも思います。

いや、生きるつもりなど意識しなくても
どっぷり生きているつもりになって
生きているのですから、
実は、生きていないと言うことを
見抜くことが生きる意味かもしれない。

すべてが決まっているなら
凄い人もいなければ、ダメな人もいない。
善人もいなければ、悪人もいない。
頑張ったことも。大変だったことも。
辛かったことも。悲しかったことも。
自分でやったと思っていたことも自分でない。
自分なんて何処にもいなかった。
そのキャラクターを観ていた私がいただけ。
すべては、そうなるようになっていた。

幻想である現実をあまりにもリアルに
体感し過ぎていたので気づかなかった。

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