仏教 日記

スピリチュアルと仏法と一念帰命。南無阿弥陀と法力。

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スピリチュアルと仏法は、違うのか?
それは、私には分かりません。

スピリチュアルも形を変えた
仏法の教えであるかもしれないのですが、
仏法と言うものは、今の若い人には、
興味が薄れていることが多いような気がします。

それも時の流れだから、伝わりやすいように
変化していくのは、当然の事なのかもしれません。

スピリチュアルも仏法も
大元と言いますか本筋と言いますか、
軸から離れているモノは、多いようです。

しかし、それもいいと思うのです。
大木には、枝葉がいくつもあります。
枝葉の方を楽しむ時間や体験があってもいい。

そうやって寄り道や回り道をしながら、
大元に還って行くのだと思います。

その遠回りが無駄な時間だったと思うかもしれませんが、
その体験があったからこそ活かせる部分もあると思います。

仏法と言うのも、私は詳しくないので
よく分かりませんが、まぁ、色々あります。

その中の一つに、
一念帰命の行があります。

私も、昔、受けた事があります。
これは、一度、受ければいいものです。

一念帰命は、魂の儀式と言われていて、
法然上人は、42歳の頃、京都の岩屋の中で受け、
親鸞聖人が29歳の頃、法然寺で受けたと伝えられています。

徳川家康も一念帰命の行を授かったかどうかは、
定かではありませんが、浄土宗の僧侶と出会い、
念仏を唱えていたと言う話は有名のようです。

一念帰命の行

一念帰命の教えに関して、
私は、まだ知識も理解も浅いのですが、
簡単な話として、まず、一念帰命の行を受けると
私が個人的に思っている事ではありますが、
宿命としての因果は消えるような気がします。

ここからようやく自分の人生を歩む事が出来ます。

それ故に、人生の中でどちらかと言うと
地獄的な生き方、重い宿命を背負って来た人の方が
この道に遭いやすいような気がしています。

宿命的な事が大変だったからこそ
この道に辿り着くのかもしれません。

人生のシナリオと言うものがあるならば、
そのシナリオの中に、それを入れておいた。

久々に人生のシナリオの話

仏教には、宿業と言う
言葉があるようですが、
その意味を調べると、
このようになっています。

①過去世に作った善悪の行為。
来世に応報を招く元となった。

②現在の善悪を決定する拘束的な強い力。

親や生まれ持って育つ環境。
男で生まれるか女で生まれるかなど。
これらは、変えようがない事です。
それらが宿命だと言われています。

地獄極楽と言う言葉がありますが、
地球も地獄の一役目を担っていると言う話もあります。
だから、宿命やらカルマと呼ばれるものがあるのでしょう。

次元上昇前の地球は、【地獄の星・地球】であった。。。

宿命としての因果を消して頂くのが、
一念帰命の行であります。

そして、行を授かった者の念仏は、
法力となるようです。

ここが、行を授かった者と
授かってない者の違いです。

法然上人の言葉に、
「罪の軽重を問わず、ただ念仏さえ称えれば、
極楽に往生することができる」とあるそうです。

一念帰命は、他力の教え。自力ではない。
かと言って俗に言う他力本願で自分は、
何もしないと言うのとは、違います。

すべてを阿弥陀様に
おまかせすると言う意味での
他力の教えであります。

だから行を受けて明日からの
人生が大きく変わるか?と言えば
そうではなくて、運命を開くのは、
自分自身であるのですが、
阿弥陀仏の光明を得て
守られた中での人生のはじまりです。

阿弥陀とは、果てしない光り
と言う意味もあるようで、
頭で考えても到底、分からないことです。

肉体を持っている期間は、短い。
長生きした所で100年程度。
地球の歴史の中のほんの一瞬です。

そう言った意味では、
人生が大変だった人ほど、
あの世に持って帰れる
土産が多いのかもしれません。

どれほど金を儲けたかなど、
その一時の快楽を楽しむのもいいですが、
私達が死後、持って帰れるのは体験した事のみ。
お金は、持って帰れません。
肉体も地球を体験する為に借りている体であるそうです。

金儲けが悪いわけではないですが、
心や魂。これを忘れて、それに執着すると
色んな罠にはまりやすいような気がします。

スピリチュアルや心理学などの話では、
自分の現実は、自分の潜在意識の反映
と言う話がありますが、そうであるならば、
一念帰命の行も念仏も潜在意識の
浄化をしているのかもしれません。

魂とDNA

私には難しい事は、よく分かりませんが、
魂とは、DNAとも関係しているようで、
魂の状態が変わるとDNAも変容する。

一説では、魂が目覚めるまでの間は、
決められたプログラム通りの運命を
辿る事になるらしいのですが、魂が目覚めると、
自分の運命は、自分の好きなように変えられるようです。

よく宿命は、変えられないけど、
運命は、変えれると言いますが、
ある段階までは、その運命さえも決まっているようです。

私達には、五感があり、
五感を通じて今の現実を体験できているらしいのですが、
肉体を脱いだ後は、五感と言う制限を越えるらしい。

アセンションやら何やらと言われているように
今と言う時は、肉体を脱がずとも(死を迎える前に)
五感を越えた世界を体験できるようです。

アセンションとは、地球のアセンションもあるのですが、
個人のアセンションもあります。個人のアセンションは、
肉体も魂になると言う事でもあるようです。そうなると、
あらゆる境界線や制限がなくなると言われています。

私なりの一言で言えば、
制限のある世界から無制限の世界へと移行する。

私は、一念帰命とアセンションは、
まったくの無関係だと思っていましたが、
肉体も魂になるのが個人のアセンションであるならば、
一念帰命と言うのも、アセンションへ導く
一つの道かもしれないと思います。

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