日記 障がい者の世界

私が思う、後天的に知的障害になる人のパターン

更新日:

このブログでは、まだ書いていませんでしたが、
私には、軽度の知的障害があります。

だから、ある程度、障害者の世界にも精通しています。

このようなブログを書いているので、
軽度知的障害の事を何も知らない人には、
信じられない人もいるかもしれませんが、
多少なりとも文章を書く事は、得意なつもりです。

知的障害の人は、例えば、ピアノだったり、
得意な事。一分野に特化した事では、
凄い能力を発揮する人もいるようです。

この辺については、山本譲司さんの
累犯障害者と言う本を読まれると
結構、分かると思います。

知的障害になる人は、生まれつきの人もいます。
重度の知的障害の場合は、
幼少期の間に分かるケースが多いでしょう。

しかし、軽度になると見た目とか、
喋りとかでは、分かりずらいケースも多い。

だから、思春期ぐらいに、
ようやく分かったりするケースもあります。
場合によっては、20歳、30歳、40歳、50歳を過ぎて、
ようやく分かる人もいるようです。

だけど、そのように遅くに分かった人が、
それまでの人生を普通に歩んで来れたか?と言えば、
全然、そんな事はなく、かなり破天荒な人生を歩んでいる中で、
軽度の知的障害であると言う事が発覚したりします。

時代背景的に親や周囲が気づかないと
中々、発見されなかったと言う事も多かったのでしょう。

また、知的障害の手帳を取得するにあたって重要になるのは、
20歳前までのデータ。そのデータが何処かに残っていないと
中々、手帳取得する事は、難しいと言われています。

また逆に、軽度の知的障害の場合は、
親が子供に知的障害がある事を隠している事もあったりします。
私の知り合いでも、20歳を過ぎるまで、ずーっと何も知らされず、
20歳を過ぎた頃に、親から、あなたには、
この障害があるからと説明された人もいます。

ある程度の年齢にならないと理解できないであろうと言う
親の配慮であったかもしれませんが。。。

そして、タイトルの
後天的に知的障害になるパターンですが、
あくまで私個人が思うと言う前提ですが、
幼少期における精神的なショックであった事が
関係しているのではないか?と思います。

昔は、知的障害の事を精神遅延(せいしんちたい)と呼んだりもしました。
幼少期における精神的なショックな事で精神年齢と言いますか、
その辺が止まってしまったような気がしました。

私自身の事で言えば、2歳ぐらいでおじいちゃんに蹴られ、
長い爪で目玉をエグられるような事もされましたし、
言葉も喋れない間に、父親からは、
物凄い勢いで怒鳴られたりした事を覚えています。
小学生に上がると男の身内兄弟からの暴力。

家の裏には、泥棒の家があって、
その人も両親がいない隙に
家に上がり込んで来たりしていました。

言葉の暴力は、幼少期から当たり前。
肉体の暴力は、体が大きくなるにつれエスカレートしました。
借金取りからの電話も毎日ありました。

どうも私の家系は、精神病のカルマと言うか、
そのようなモノが流れていたような気がします。

そのような環境にあったので、
その影響と言いますか、幼心にショックだった事で、
一部の成長が止まってしまったような気がします。

時計の針が止まった感覚でしょうか???

だけども、上記のような事があったからと言って、
別に不幸な家庭だとかは、思っていませんでした。
四六時中、そのような状況でも、ありませんでした。
楽しい思い出も、いっぱい、ありました。

おじいちゃんも、あんな人でしたが、幼い私を連れて、
女の子がいる飲み屋によく連れて行くなど愉快な人でもありました。
遊園地や釣りや登山など色んな所へ連れ行ってもらいました。
父親にも色々、連れて行ってもらいました。

だから、私も、出かける事は、今でも好きですね。

話は、戻りますが、
障害に関して言えば、幼い時には、
ショックが大きすぎて、その事で、
何処かしらの成長が止まってしまったのだと思います。

障害者の手帳を貰う時にも、小さい頃に、
どこかで頭を強く打ったような事がなかったか?
と言うような事を聞かれました。

その時は、何も思い浮かばなかったのですが、
後から思い出したら、小さい頃から
今で言う幼児虐待のような事をされていた事を思い出しました。
だから、そのような影響もあったのかもしれません。

精神病の人にも言える事だと思いますが、
大人になってからの事よりも、むしろ、
幼少期における体験の影響の方が大きいような気がします。

たしか、リズ山崎さんも、トラウマセラピーの本などで、
人格形成は、ほぼ15歳までに出来上がる
と言う事を言われていたと思います。

リズ山崎さん・・・

三つ子の魂百までと言いますが、
本当に三歳までの影響は、
その後の人生にも影響を及ぼすらしいです。

私の家系は、とにかく怒り。
怒りまくる人が多かったのですが、

怒りの底には、恐れがある。
怒りの底には、劣等感がある。

私には、知的障害と言う結果が出ましたが、
お爺さんも、お父さんも、お父さんの弟も、
その他の問題があると思える身内の人も、
検査をすれば、恐らくと言うか、
多分、間違いなく、精神病と言う診断は、
された事だと思います。刃物を振り回す人などもいたので、
下手したら重度の精神病で、
精神病院に、ずっと入院していないと
いけない状態だった人もいるでしょう。

以前、稲福薫さんの「無の精神療法」と言う本を読んだ時には、
家系のカルマと言えるようなモノは、
上から下へとダムから水が流れるがように
下へ下へと流れて来ると言う事が書かれてあって、
その時、私は、あぁ、やっぱりかと思いました。

稲福薫さんは、それを親が子供に流している
不調和波動と呼んでいるようです。

無の精神療法(薬によらない統合失調症の治し方)

だから時の流れとして、そのような人達が、
治療される事もなく放置され、
毒親となり子育てをしている事が、
世の中には、結構あるような気がします。

カエルの子は、カエルと言いますが、
親が持っていたものを、良き部分も、悪き部分も、
何らかの形で引き継いでいると思います。
遺伝子的な関係もあるのかもしれません。

結論的に、知的障害も、精神障害も、
幼少期に、耐え切れないような、
ショックだった事が、それを誘発する、
最初の、きっかけになっているのではないか?と思います。

インナーチャイルド(内なる子供)は、
幼い頃に形成されると言います。
それが性格のパターンになったりで、
大人なってからも影響を及ぼすと言われています。

以前、押川剛さんの本を読んだ時も、
引きこもりの人の部屋を拝見すると、
引きこもった時の年齢から、
時間が止まっているような
感じだと言う事を言われていました。

押川剛さんの「なんで隠すの?」を読んでみました。

私も、ある程度、大人になってから、
周りの環境とは、違っていたんだなぁと気づきました。
半世紀遅れたような家庭環境の中で育っていました。
だけど、それが不幸か?と言えば、そうではないと思います。

あれだけ家の中のゴタゴタが、あったからこそ、
色んな見えない世界の事も学ぶようになったのだと思います。
平々凡々の幸せの中に生きていたら、
そんな気にもならなかったと思います。

私は、家系の事もそうですが、
重度の精神病と思える人や閉鎖病棟に入っていた人と
知り合う機会が多かったので、その辺に何か今世の
テーマのようなものも、あるのかもしれません。

親や環境も自分で選んで生まれて来ると言います。

意味を考えすぎる事も無意味なのでしょうけれど、
わりと、社会の底辺の環境や人を見る事が多かったので、
それを何らかの形で活かす事が出来たらいいのかなぁと思います。

話は、戻りますが、重度の知的障害なら、
生まれた直後に分かったりするのですが、

軽度の知的障害も、
必ずしも後天的なものではなく、
生まれた時から既に軽度の知的障害を持って
生まれて来ている可能性もあると思います。

軽度だからこそ、生まれて、すぐには、
気づかれない事も多いのかもしれません。



スポンサーリンク



-日記, 障がい者の世界

Copyright© 思考の治療院 , 2019 All Rights Reserved Powered by STINGER.