どうでもいいこと マインド 日記

観念が現実を創っている?観念を変えるには???

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私の現実は、私の観念によって
映し出しているモノだと言います。

だとしたら、観念を変えれば、
現実が変わると言う事になります。

だけど、この観念が中々、変わらないから、
現実も、中々、変わらないと言う事になります。

何故、観念が変わらないのでしょうか?

観念とは、無意識の思いでもあるそうです。
しかしながら、無意識領域で自分が何を思っているのかを
知る事は、また難しい事であると思います。

だから、意識できる部分の思いを変えて行く。

固定観念は、自分が信じ切った事。自分の信念となった事。
それらが、固定観念となり現実化すると言う仕組みのようです。

金儲けは、難しい。人生は、楽ではない。苦労するもの。
人間関係は、難しい。これらの事も自分が固定観念で
思った通りの現実を展開しているようです。

だから、金儲けは、簡単。
人生は、楽しくて楽なもの。
苦労などする必要がない。
人間関係においても、良い人しか現れない。
これらの事が、固定観念レベルの思考となれば、
そのような現実を体験する。

脳は、発信機であり、受信機である。

自分で発信した、そのモノを現実に映し出している。

引き寄せの法則などでは、感情がキーワードだと言います。

心や魂の周りに罪翳れや、
余分な埃を纏う事はあっても、
心や魂そのモノは、誰もが、
綺麗で美しいモノを持っている。

だから、人生とは、
その余計なモノを削ぎ落とす旅かもしれない。

しかしながら、人生と言う旅の中で、
余計なモノを余計に増やしてしまう事もある。

最近の若い人は、わりと苦労もなく、
ビジネスを成功させてしまう人達もいるように見えますが、
見える人の話では、それは、確かに、そうで、
昔の人に比べて、魂そのものの波動が軽い。
古い世代の人ほど、重いと言う感じであるそうです。

魂そのモノも、そうなのだから、その周りに付いてる、
ゴミや塵や埃で、余計に重くしていたら、
人生が上手く行くはずがないのですね。

それらを取り除く為に、今、統合ワークなども盛んですね。

一説では、この世のすべては、自分で創ったと言います。
すべての事に、意味は、ないとも言います。
だとしたら、私自身で、あらゆる人や物を創り、
あらゆる出来事を設定し、いつどこで、何が起きるかまで、
決めてきているのかもしれない。そこに意味と言う色付けをしている。

だけど、私自身が創ったのであれば、
どこかで、創り変える事も可能かもしれない。

すべてを私自身が創ったのなら、
どんな悪い出来事も、悪人も、
私自身が創り出した事になります。

そもそも、本当の世界では、
善悪さえも、存在しないと言います。
善悪と言う色を付けているのも私達です。

しかし、善悪がないと言いましても、
人間には、良心があります。

悪事を行う者が、無意の中で、
罪悪感を感じていれば、その反動は、来るのでしょう。
それが、魂や心の周りに付着するゴミや塵や埃かもしれません。

そう言った意味では、因果応報もある。

どのような過酷な人生も、辛い出来事も、
自らが設定して体験してきた事かもしれない。

自我では、とても納得できない事が、
魂レベルや真我では、嬉しい出来事でもあると聞きます。

前世の罪穢れやカルマを落として軽くなったり、
消滅させたかったのかもしれません。

だから、それを乗り越えて、
感謝できる事が、因果消滅かもしれない。

意味がない人生に意味と言う色付けをしてる私達。
だけど、一切の意味がないとしても、意味を感じるから、
人生に喜怒哀楽が持てるのだと思います。

私が思うに、自分にとって、大きな嫌だった出来事。
ショックだった出来事。悲しかった出来事。
それらの方が、観念の書き換えも大きいような気がします。
だからこそ、自らの人生に設定して来たとも言えます。

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