どうでもいいこと スピリチュアル 日記

人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である...。

更新日:

人生は、すべて決まっている。

そんなことは、ない。

どっちやねんと思ったりすることもあると思います。

すべて決まっていて、すべて自由である。

この二つは、矛盾しているようでいて連動している。

人間は、時間や空間がある概念の中で生きているので、
このことが、中々、分からなかったりもするようです。

記事のタイトルである、
「人間の運命は完璧に決まっていて、同時に完璧に自由である」

と言う言葉は、甲野善紀さんの言葉と言う話もあれば、

何かの漫画の台詞にあったと言う話もあります。

どちらが先かは、私には、分かりません。
どちらでもいいと私は思っていますが、
気になる方は、調べてみてください。

すべて決まっているか?
そうでは、ないのか?

どうでもいい人には、どうでもいいことだと思いますが、
気になる人には、気になる所だと思います。私は、結構、
気になる方だったので、このブログでも何度か記事にしています。

人生は、100%決まっている。

この話を有名にされたのは、
小林正観さんだったと思いますが、それ以前にも、
そう伝えていた人は、いたようです。

人生は、すべて決まっている?それとも・・・。

小林正観さんは、自由意志によって選んだ
瞬間に、その選んだ結果は全部、
生まれる前のプログラムどおり
という不思議な構造に
なっていると言われていました。

近年のスピリチュアルな話では、
そうではないと言う話もあります。

すべての人の人生が100%完璧に決まっている。
いや、決まっている人もいれば、
そうではない人もいると言う説もある。

白紙のスクリーンに私の意識で現実を映し出す。創り出す。
それすらも、決まっていたことなのか?私が創造主とは、

今、創り出しているのか?生前に
創り出した人生の中を生きているのか?
あるいは、その両方の要素があるのか?

すべての行動は、先にあるのか?

すべて決まっているシナリオは、一つなのか?
すべて決まっているシナリオが、幾つもあるのか?

あるいは、まったく別の要素もあるのか?

私も人生の中で一時ですが、
目の前の現実が白黒に見える時がありました。

目の前で怒っている人がいようが、
泣いている人がいようが、
白黒の映像がスローモーションで動いている。

私達の現実は、これに色を付けて、
見ているんだなと思いました。

しかし、パラレルワールドの話だと、
決まっている未来を選べる。

と言うことは、完璧に、
決まっている訳でもないのか?
と思ったりもします。

人間的思考で、考えれば、考えるほど、
この迷宮から抜けられなくなります。

言葉で、知識で、と言うのも人間的エゴが入るので、
このエゴを手放すと言いますか、エゴが削ぎ落ちた時に、
本当の意味で解るのかもしれません。私も解ったつもり
になっていましたが、本当には、解っていなかった。

結局、知識や言葉だけで分かったつもりになると、
また、知識や言葉によって悩まされる。
そこでは、ないのですね。

完全と不完全が一致するので、頭で考えても、
とても分からない話になると思います。

だけど、はじめに言葉や知識によって知る。そして捨てる。

この知識や情報と言うのも、それが必要のない人には、
その情報を知ることも、触れることもないのかもしれない。

このような情報に触れて、
どうでもいいとか。そんなバカなと思う人にさえ、
それが必要な要素があるから触れているのかもしれない。

情報に触れた後も、
どうでもいいと流す人と、
受け入れようとする人がいる。

それすらも決まっているのか?それは分からない。
しかし、この世には、私1人しかいない。
すべての人は、私が映し出している投影。

外側には、何もないと言いますが、
厳密には、外側さえもなく、すべては、
内側で起きている。内、内、内、家。

私と言う映画館の中で、
私の人生と言う映画を観ているだけかもしれない。
あるいは、そうでは、ないのかもしれない。

すべてのことに意味はなく、
人間が意味を後付しているだけなのかもしれない。

ただ、一つ言えることは、何かに抵抗するより、
受け入れた方が物事がスムーズに流れることもある。

違う視点の話もあるので、そちらも参照されてください。

自在に変えられる方の話をすれば、
どの映画を観ますか?選びますか?と、
すべて、今、ここで選択をしている。
私が、観自在菩薩。私によって景色が変わる。

すべては、
完璧に決まっていて、
完璧に自由である。

すべては、決まっている。
すべては、既に書かれてある。

台詞も行動も決まっている。

と同時に、すべては、変えられる。
自分で生み出せるし、創り出せる。

カセットテープのA面とB面。
この二つが絶妙に絡み合っている。

完璧に決まっている方の話をすれば、
地球は、魂の演劇の舞台。台本があって、
あなたは、この役で、これこれこうして、
私は、この役で、この時、この台詞を言う。

ドラマや映画と同じです。一人一人が、
地球の舞台俳優であり女優です。

役に入り込んでいるので、お互いに、
役を演じていることさえ気付かない。

何で、そんな事やっているんだ?
と言えば、生まれる前に、
そう言う打ち合わせをして、
そう言う体験をすると決めてきたから。

人生のシナリオが、
完璧に決まっているとは、
そう言うことですよね。

それを、ただ、観ているだけの私がいる。

私は、人生は、わりと、
すべてが決まっている
ネバーエンディングストーリー
ではないか?と思っています。

人生と言う川の流れ。
その流れに身をまかせる。

人生に意味は、ない。
そこに意味と言う色を付けたがるのが
人間の愚かさでもあり、楽しさでもあり、
奥深さでもあるような気がします。

そして、人生が、
決まっていようが、
決まってなかろうが、
起きるべきことが起きている。

私は、どちらかと言うと、
人生は、すべて決まっているのではないか?
と思っているのですが、これとは、別の観点で、

人生は、決まっていない。

そう伝えられているスピリチュアル業界の
有名人の方達もいます。並木良和さんや、
内山エナさん。また少し観点が違うように思いますが、
コスモボーイさんなんかも、そのような話をされていました。

バシャールも、すべて決まっているように見えるけど、
決まっていないと言うことを伝えられていました。

アシュタールも決まっていないと
伝えられているようです。

幾つものタイムラインがある。

タイムラインを列車に置き換えると、
どの列車に乗るかで行き先も違えば中身も違う。
どの列車に乗るか、乗り換えるかは、自分で選んでいる。

一方で、スピリチュアルヒーラーのmomoyoさんや、
びこさんなんかは、すべてが完璧に、
決まっている方の話をされていました。

宇宙人系の情報を伝えられている人は、
決まっていない。変えられる。選べる。
そのように伝えている人が多いですね。

どっちが本当なのだろうか?
どっちも本当なのだろうか?

これは、私が分かっていないので、
私の憶測の話になりますが、

個人的に思っていることは、ストーリー上の自分の人生は、
すべて決まっているけど、ストーリーを抜けた世界がある。

意識の段階になるのでしょうか?

決まっている世界からの卒業もあるような気がしました。

いや、最初から何も決まっていないのですか???

どちらかが、まやかしの可能性もあると思うので、
これは、結構、難しい所でもあるような気がします。

しかし、物語として完璧に決まっていることの中に、
私が入り込んだ。これだと、何処も変えようがない。

変えられる。創れる。こちらの方が、まやかしかもしれない。

すべてが決まっていたとしても、
タイムラインの移動は、可能かもしれない。

それすらも物語の中のこと?

例え、物語の中の出来事だとしても、
自分で創れる。自由に選べる。こちらの方が、
楽しそうかもしれませんよね。と言うことは、

すべてが決まっていることが事実だとしても、
そんなことは、知らなくてもいいことかもしれない。

いや、だけど、これを受け入れることで、
その恩恵のようなことが起きたりすることもある。

この世は、仮の世。
魂の演劇のような舞台。

完璧な台本があって、
その通りに行動して、
その通りの台詞を言う。

完璧な役者が私達。

そもそも、本質的に、私達は、
生まれてもいなければ、死ぬこともない。

人生を観ているだけ。実際は、何もしていない。

そんな気がするのですが、違うのかなぁ?

これも、あくまで、一側面の視点?

考えても迷宮に嵌りこむので、
この辺で終りにしたいと思います。

あなたは、どう思いますか?

この記事のタイトル通りの話をするなら、
内枠としては、自由自在。自由に創り出せる。
外枠としては、その中身さえ完璧に決まっている。

スピリチュアルな話では、
よく、この世界は、幻想世界と言いますが、
幻想と言うことは、私さえも幻なのですよね?

思考は、思い通りにならない、
ことの方が多いと思いますが、
魂の思い通りには、なっていると思う。

今、私が思っていることは、
人生は、その都度、100%決まっている。

はじめから、おわりまで、
100%決まっているのとは、
違うような気もしています。

私達には、常に、今しか、
存在していないのですから。

だけど、生まれ出る前に、
これを体験すると決めて来たことに関しては、
いやがおうでも、魂が、そこへ連れて行く。

これが幾つもあるから、
すべて決まっているように見えるのかもしれないし、
そうでは、ないのかもしれない。

すべて決まっているとしても、
すべて決まっていないとしても、
すべての現実を自分で創り出している。

現実は、自作自演。

自分で創って、自分で喜び、
自分で創って、自分で苦しむ。

魂や真我が大いに喜ぶ時に、
エゴは、狂った狂人になっている時もある。

5次元意識になると、
すべて自分で創り出していることが、
体感として分かるようです。

しかし、思考の思い通りではなく、
魂の思い通りの人生。

だから、降参するとか、
サレンダーするとか、
自我(エゴ)から魂に、
明け渡すと言ったりもします。

「それは在る」と言う本の中では、
「私」を放棄すると表現されていました。

また、表現こそ違いますが、
小林正観さんは、その昔、
人生は、100%決まっていると、
思い定めると100%自由になる不思議な
宇宙構造になっていると伝えていました。

これは、どのような現実であっても、
100%自分で創り出していたと、
認めることでもあるような気がします。

出来事に色は、付いていない。
出来事に最悪と言う色を付けたから、
最悪と思えるのかもしれない。

その色を付けて、そう感じる色即是空の世界。

すべて自分で創り出している。

何を創り出すかさえ決まっている?

例え、そうだとしても、それは、
知らない方が、いいことかもしれない。

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