日記

苦労は、買ってでもしろは、間違いか???

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昔から苦労は、買ってでもしろと言う言葉を
聞く事がありますが、スピリチュアルな世界で有名な、
斎藤一人さんなどは、苦労は、買ってでもするなと言います。

それは、捉え方の問題かもしれませんが、
私が思うに、無駄な苦労は、するなと言う事だと思います。
斎藤一人さんも、それなりに苦労された人だと思いますが、
本人が、それを苦労と思うか、思わないかは、別問題です。

大した事をやってない人ほど、
自分が苦労人だと思っている節もあります。

また、人間関係においては、何処で誰と関わるかも分からず、
中には、面倒な人もいたりで、皆さん、それなりに、
苦労された経験があると思います。
だけど、人間関係で苦労する事も学びであり、
成長であると思います。

人間関係において一切の苦労した経験がなければ、
赤ちゃんのまま大人になったようなもので、
そのようなお役目の人は、この世においては、
非常に限られた人しか存在しないような気がします。

デコボコの魂や心の修正やら、
学びやら、色んな課題があって、
人は、この世に生まれて来た事だと思います。
だから、色んな人間関係の中で揉まれる事は、
ある程度は、仕方がないと思います。
どうしても耐えられず、
そこから逃げる事も学びであったりします。

ある程度の苦労を経験した人は、もう、苦労なんて、
懲り懲りだと思っている人も多いと思います。
だけど、苦労した経験があるから、無駄な苦労と、
必要な苦労の判別が出来るようになるとも思います。

今世と言うのは、一度きりの人生です。
そんな中で苦労して努力して、辛いばかりの人生。
おまけに得るものは、少ない。そんな人生では、
つまらないと思います。苦労は、一時で十分でしょう。

だから、私達は、苦労しない方法と言うのも、
学ぶ必要があるような気がします。

働く事も、傍を楽にすると言って、
みんなが楽をする為の、
アイデアやら機械やらが出現して、
世の中が便利になり発展しました。

電車などの乗り物がなければ、
移動にも、随分、苦労する事になったでしょう。
世の中にある諸々の機械がなければ、
今でも、人は、手作業で、それらの事をやっていたでしょう。

私達は、文明の利器の恩恵をかなり受けています。
それも、行き過ぎだと言う意見もあったりしますが、
それも、使い過ぎず、使わな過ぎずと言うような、
中道を行けばいいと思います。

昔は、苦労は買ってでもしろと言う事が言われ過ぎて、
子供時代の自分が、その事を信じた故に、
自分自身の価値観の深い部分で、それが埋まっている事もあります。
だから、苦労なんかしたくないと思っていても、
何故だか、苦労する事ばかりが起きると言う事もあります。
それは、観念なので、その観念を変える必要があります。

何度も繰り返し起きるような事。
何度も繰り返し同じようなタイプの人が寄って来る。
これは、思考の奥深く、無意識レベルの観念です。

観念とは、何か?自分の深層心理で信じている事であります。
観念とは、無意識レベルの自分の考え方であるそうです。
観念を通じて、自分の現実を映し出しているそうです。
観念と感情は、リンクしているそうで、強い感情が湧くほど、
その事に対する固定観念を強く持っている事になります。

バシャールなどは、こう言います。
外側の現実世界は、鏡に映し出された世界。
だから、外側の現実を変えたければ、内面の、
自分の世界。自分の思考、潜在意識、無意識、
その領域を作り変えれば映し出される外側の現実も変わる。

自分に中にないものが、外側に出る事はない。
だから、まず、目の前に現れる事は、
すべて、自分の中に何らかの要素があると言う事を知る事。

そして、その観念に気づく事。

中々、自分一人では、気づけないかもしれません。
だから、そのようなワークやら、
ツールやらを活用するのもいいかもしれません。

観念は、深い部分で信じている事。
それを上辺だけで信じ込ませようとしても、
中々、観念も変わらないし、
現実も変わらないと言う事になります。

観念で苦労などする必要がないと信じ込めれば、
もう、苦労するような出来事も現れなくなるでしょう。

自分の中にネガティブな観念がなければ、
ネガティブな現実も、ネガティブな人も現れないでしょう。

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