スピリチュアル 日記

因果応報など、存在しない?

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スピリチュアルな話の中では、
因果応報など、存在しないと言う話もありますが、
一応、因果応報があると言う前提の話をしたいと思います。

いい事をしても、悪い事をしても、
それは、時を経て、必ず本人の元へ、
返ってくると言います。しかしながら、
とてもじゃないけど、そう思えない事もあったりします。

人間観察を通じて、
とてもじゃないけど、
因果応報など、存在しないのか?
と思えるような事が、
時には、あるかもしれません。

悪の限りを尽くしたり、性格が捻じれたまま、
生涯を閉じる人達もいます。それでも、
何処かで、その因果が返って来ているのかもしれませんが、
中には、今世では、そうならない事もあると思います。

それは、今世の、その人の魂では、
因果が返って来た時に、耐えられるほど、
まだ魂が成長していないから、
因果応報が働くのは、
来世に持ち越しなのかもしれません。

それを見て、不公平に思うかもしれませんが、
それは、今世だけを見ているからです。

今世だけで見れば、みんな輪廻の回数が違うし、
それぞれの魂年齢が違う。だから、魂的に見れば、
この世は、すべて平等なのだと思います。

今世だけの眼鏡で見るから、不公平に思ったり、
あんな奴に天罰が下らないのは、おかしいと思ったりする。

今世だけを見ても、とても、納得いかない。
今世だけを見れば、おかしすぎる事が起きたりもする。
とてもじゃないけど、許せない人が現れたりもする。

だけど、種を蒔いて水をやり芽が出て花が咲く。
善悪を抜きにして、自分がやった事は、
自分の元へ帰って行きます。
前世においては、自分もそのような事を
やってきたのかもしれない。

だから、自分の身に起きる事は、
すべて、自分自身に、どこかに原因と言う名の、
因果があったのだと思います。

それが、今世か、前世かは、分かりませんが、
どうしても、今世に原因がないと思える事は、
前世にあったのかもしれません。

来世に持ち越された場合は、
自分にまったく心当たりがないので、
相手を許せないと、もがき苦しむかもしれません。
だけど、前世に罪を作っていたから、
今世に、現れたに過ぎない。

先祖の因縁があるかないかは、別として、
先祖のカルマを背負うのなら、
それを背負う因果を自分が持っていたから、
背負う事になったのだと思います。

だから、すべては、自業自得であります。
この世では、誰もが、一度や二度、
大きな苦しみを背負う事があるでしょう。

だから、人は、誰もがカルマを持って、
生まれて来ると言います。
その事を船井幸雄さんは、
この世、この地球は、
カルマを刈る間と言っていました。

そして、今世で因果応報が返ってくるのは、
ある程度、魂が成長しているからだと思うし、
今世でやった事が今世で返ってくる方が分かりやすい。
来世に持ち越しだと、訳が分からない状態で苦しむ事になる。

しかし、この世は、カルマを刈るだけではない。
陰徳を積んだり、人生を楽しむ、
魂の遊び場でもある。肉体と言う体に入り、
諸々の制限をかけてお遊戯する場でもある。

神も、天も、罰など与えない。
ただ、単純に、自分がやった事が、
そっくりそのまま倍返しと言う、
宇宙の法則が働いているのだと思います。

この世に、
善悪は、ないのですが、
原因と結果は、あります。

それを因果応報と言ったりします。

だから、原因と結果の事を因果応報と呼んでもいいし、
因果応報など、存在しないと言ってもよいと思います。

でも、方便的に、因果応報は、分かりやすいのですね。
だから、因果応報があると言う話をするなら、
すべては、振出に戻ると言う事である気がします。

例えば、Aさんが振出人としましょう。
その後の経緯でBさん、Cさんと続いて、
傍から見たら、Bさん、Cさんが悪人に見えても、
その因果の振出人である、
Aさんに倍々返し的な事が起きるように思います。

勿論、Bさん、Cさんにも、それは、起きるのでしょうけど、
その反動がAさんに比べたら軽くなるのでしょう。
ドミノ倒しのように、最初に出した人の所へ戻ります。

そして、あなたに諸々の災いをもたらした者を
恨んだり復讐しようとする必要は、ありません。

私達は、一人一人が自分の宇宙を構築しています。
あなたに災いをもたらした者は、その人自身に、
跳ね返りの法則が働いて、自分で受け取る事になります。

お釈迦様に、こんな逸話があるそうです。

釈迦に罵詈雑言を浴びせた人がいました。
罵詈雑言を言い続け疲れ果てた、その人に笑顔で、
こう言われたそうです。
贈り物をその相手が受け取らなかったら
それは、送り主の所に戻ると。

そして、問題解決の一つは、すべての現実の反映は、
自分の中にあるモノの現れである事を認めるコト。

昔から因果応報があると言います。
とても、そんなモノは、ないように見えたりもしますが、
他人=自分でありますから、人に対してやった事は、
自分に対してやった事でもあります。
その事が、よろしくない事であれば、
積み重なれば、積み重なるほど、罪重ねになります。

それが、犯罪ではなくても、相手に与えたダメージは、罪です。
それが、本人が忘れた頃に跳ね返る。
それは、人生の最後かもしれないし、その時は、分かりません。

そして、どうしたら、その罪が軽くなるか?
それは、深い自己反省であると思います。

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