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カルマとダルマ

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カルマ

この世には、カルマとダルマの法則があります。
カルマとは、刈る間と言う表現で使われたりもします。
若いうちの苦労は、刈ってでもしろと言う言葉があります。

通常、買うと言う字が使われていると思いますが、
この世は、刈る間なので、刈るの方が宇宙的には、
正しい文字になるような気がします。

刈る間なので、逃げても逃げても、
いずれは、刈り取る羽目になる。
だから、若いうちにカルマを
刈っといた方が、後々、楽になると言う事です。

カルマと言う文字を変換してみると、業になります。

前世などの行いは、関係ないと言う話もありますが、
前世からの思考の癖などは、残っていると思うので、
それが、この世的には、業のようになっている気がします。

例えば、前世で、やりたい放題やって、人様に迷惑をかけ続け、
前世で、その精算をされていなかったのなら、
今世に持ち越した部分もあると思います。

プラスもマイナスもなく、天国も地獄もないと言いますが、
自分の思考、潜在意識や、魂的な部分に罪悪感があれば、
どこかで、それを消滅させたいと思っているはずです。
それが、この世的に見れば、悪い現象となって起きる。

だから、業とは、自分自身の罪悪感の消滅の為だと思います。
どのような悪事を働いていても、人間には、良心がある。
透き通った透明の心がある。だから、どんな悪人も、
自分では、自覚がなくても、罪悪感は、感じているのです。
魂の思っている事と、自分の自我で思っている事は、違う。

だから、この世的に見れば、カルマは、ある。
カルマとは、感情などの記憶だとも言われています。
その業を刈る間が、この世の一つの役割であるように思います。

どこやらの仙人の話では、私達、人間は、
カルマだらけであるらしい。
だから、地球は、刈る間である。

ダルマ

色んな説は、ありますが、一番、分かりやすいのは、
カルマの反対がダルマと言う話です。

カルマが悪い事を刈るとしたら、
ダルマは陰徳などの良い事をした結果。

どちらも、因果応報。自分で種を蒔いて、
育った結果を収穫している。
どちらも、過去に積み重ねた結果を受け取る。

ダルマとは、カルマを浄化させて宇宙の流れに、
乗る事だとも言われています。
ダルマになると、宇宙の理に沿って生きる事が、
自然に出来るようになる。人生がスムーズに運ぶようになる。

だから、魂にとっては、早い所、刈る間で、
業を刈り取りたいと言う事なのでしょう。
だけど、自我が邪魔をして、ああじゃない、こうじゃないと、
バタバタするのが人間であります。

だから、中々、ダルマに転じれないのです。
しかし、カルマを刈り取り、浄化させたら、
災い転じて福となすで、ダルマに転身できるのだと思います。

ここで、いわゆる目覚めなどを経験する人もいるのでしょう。
人生が、大きく変わりだす節目になると思います。
ダルマになると、今まで、分からなかったり、
見えなかったりした、自然の理、宇宙の理が、
分かり始め、私と宇宙とのリズムが合うようになると思います。

バシャールは、カルマは、自分の中にあると言います。
自分の行いを振り返りバランスを取っているそうです。
しかし、それも自分の意識で選択して、
そのバランスを取っていると言う事であるらしいです。

そして、今世は、カルマを手放す人達がたくさんいる時代であるらしい。

生まれ出る前のカルマを数値化したら、
560000とか1800000とか、
人それぞれ違うでしょうけど、
そのカルマを解消させる為に、
人生の中で組み込んできたシナリオもあると思います。

それは、カルマを刈るわけなので、
非常に辛い事や、悲しい事、ショックな事かもしれません。

だけども、カルマ消滅の為に体験した事であれば、
その事によって、カルマを軽減させてくれて、
ありがとうございます、と言う事かもしれません。

仏教にも宿業と言う言葉があります。
生れた日にちや、親や環境は、
自分が決めてきたモノだと言います。

だから、特に、20歳前までの事は、
かなりの割合で、カルマ軽減の要素が
あるのかもしれません。

人生の半ばで起きる大きな不幸も、
もしかしたら、カルマ消滅の為であったかもしれません。

晩年、病気になって亡くなる人も多いですが、
病気もカルマ返済と言う要素もあるそうです。
病気をしたからと言って必ずしも、
カルマ返済と言うわけではないですが、
人生の最後に、残されたカルマを消滅して、
旅立って行かれる人も多いそうです。

私達から見たら、病気で苦しんで亡くなった
ように見えても、魂レベルでは、
人生の最後に大清算を終えて、清清しく、
旅立って行かれた魂も多いのでしょう。

カルマの影響を受けない話

ろくな事をしていなければ、
ろくな事をしていない積み重ねとして、
ろくな事になりません。

だけども、本人が深い自己反省をして、
自ら気づく事で、思考も、心も波動も変わるので、
その時から、カルマがダルマに転じる事もあるようです。

それは、言い変えれば、
カルマの影響を受けないと言う事です。

宿命を知る方法

そして、宿命的に宿っていた
カルマの影響を知る簡単な方法ですが、
幼少期や子供時代までの頃に、
身近に関わっていた大人達が関係しています。

両親、祖父母、親戚、近所の人など。
どんな人で、どのように関わっていたか。
それを思い出せる範囲で思い出すと、
宿命に宿っていたカルマの影響を知る事が出来ます。

私自身、それらの事を振り返ると、
かなり重いカルマだったかなぁと思います。

だけど、この方法は、自分が大人になってからでないと
分かりません。だから、今、生れて来たばかりの
子供のカルマを知ろうとしても、
この方法では、分かりません。

そして、どれほどの毒親に育てられたとしても、
遠い昔の因果が巡り、自分がその親や祖父母、
その他の身内の因果関係の中に生れて来たのだと思います。

並木良和さんの話

以下は、並木良和さんの話になりますが、
カルマやダルマと言う話とは、
また少し視点の違う話になるかと思います。

並木良和(なみきよしかず)さん・・・・

そもそも、善悪は、ない。神は、裁かない。

カルマも、本来は、ない。

私達が、自分でカルマだとジャッジした時に、それは、カルマになる。

自分が罪だと思っているから、それは、罪になる。

人間的意識だと善悪だとか、罪だとか、決めていますが、

もっと上の視点から見ると、
出来事が、ただ、ただ、起きているだけである。

罪悪感や無価値感は、人間をコントールする為に、
ETが人間に植えつけたものであるそうです。
それを植えつけておくと天罰だとか、
恐怖で人間を支配する事が出来るから便利なモノであったようです。

幽界の閻魔大王もETであると並木さんは、言います。

この幽界と言うのも、地球だけに作られたモノであるそうです。

しかし、幽界と言うのも今は、薄くなってきたので、
これからは、幽界に行って、またこの世に来てと言う輪廻は、
だんだん少なくなって行く流れになってきているらしいです。

この辺の話については、保江邦夫さんの、
「縄文ゲートの開き方」と言う本も参考になりました。

願いをかなえる「縄文ゲート」の開き方

幽界は、コントロールシステムで、
本来、行くべき所では、ない。

だけど、行くべき所でない幽界に行って、
また人間として戻り、また幽界に行って、人間として戻る。
そんなような事を繰り返していた長い人類の歴史があったようです。

そして、幽界と霊界は、違う。
私達は、死後、幽界に行かずに
霊界に行くのが本来の姿である。

地獄は、幽界にあり、天国は、霊界にある。

この世の行いを裁かれたりするのも幽界。

私達は、死後、幽界に誘拐されるような
輪廻を繰り返していたのですね。

その幽界も、ほぼ、消滅しつつあるようなので、
死後の世界も、これからは、安泰かもしれませんね。

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